彼が彼女になったなら③
あの出来事から一週間経とうとしていた。
いつも通りのワグナリア。
ただ一つを覗いては。
「うぐぐっとれな、いーっ」
思い切り背伸びをしても届かぬ距離。
以前の、男の身体の時ならば、こんな距離なんて軽々と手を伸ばせたはずだ。
それが今は情けない事に、どんなに爪先立ちしようが跳ねようが、掠りもしなかった。
思っていた以上に縮んだ身体に、そりゃ佐藤くんに直ぐバレたわけだ、と妙に納得してしまう。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
あの荷物をどのようにして取るか、一番の悩みどころだ。
少し唸りながら腕を組んでいると、頭上から低音が降ってきた。
「これか」
間髪入れずに、背後に現れた人物が、ひょいっと軽い動作で目的の物を持ち上げたのを目線だけで追いかける。
そのまま俺の目の前に差し出す彼_佐藤くんは、一週間前よりも高い位置に存在していた。
「あ、ありがとう」
目線だけで見上げ、おずおずと手を差し出して受け取る。
どこから見られていたのだろう、と思うと、恥ずかしさで顔がかっと熱くなった。
「取れないなら、俺でも小鳥遊でもいいから呼べ」
「う、ん…ありがとう」
「ん」
ぽんっと頭に大きな手が下りてくると同時に、数度撫でられる感触。
種島さんあたりにでもしそうな行為に、なんだか複雑な気持ちになる。
(本当情けないなぁ)
はぁと溜息を吐くと、佐藤くんが不思議そうに首を傾げた。
「溜息吐くと、幸せ逃げるぞ」
「あー…もうとっくに逃げてるから大丈夫」
言ってからもう一度溜息を吐き、佐藤くんを置き去りにしてとぼとぼとその場を離れる。
女性化してもう一週間だ。
慣れない身体に戸惑いながらも、何とか我武者羅に過ごした一週間。
そもそもこの異変は、いつになれば終わりを迎えるのだろうか。
最初こそ身体の変化についていくのがやっとだったけれど、それにも多少慣れてしまえば考えることはそのことばかり。
それを考えると不安が胸を押し潰し、一睡も出来ずに朝日を拝む羽目となったことは記憶に新しい。
「っていうかさ、皆順応早すぎでしょ」
ワグナリアのメンバーは、この事実を知り最初こそ驚いてはいたが、次の日にはけろっとしていつもと同じように俺に接していた。
それは有難いことでもあるのだが、本人を置き去りに全てを受け止めるなんて、何て度量の広い人ばかりなんだと。
いや、それ以前に、失礼な言い方かもしれないが、ちょっと変わった者の集まりなのだと改めて思った。
道理で俺がスカートを穿いて出勤しても、笑顔で迎えてくれるはずだ、これで全て納得。
そんな俺は、それから仕事が終わるまで、ずっと悶々と考え込んでいた。
いつになれば元に戻るのか、いや、そもそも戻れると言う保証はあるのだろうか。
神様の悪戯にしては、ちょっとばかし、いや、大分度が過ぎていると思う。
帰宅しようとロッカーに入って私服に着替えようとするその瞬間が、最近では憂鬱な時間。
轟さんが見繕ってくれた私服の可愛さに、頭が痛くなるのももう日課だ。
着替えを終えふらっと歩いていると、ぼすんと誰かの胸に頭をぶつける。
「もう帰るのか?」
「あ、佐藤くん…うん、疲れちゃったから、先帰るね」
お疲れ様、と苦笑いしながら歩を進めようとしたが、それは佐藤くんの腕によって阻まれる。
「何かな?」
「あ、いや…そうだ、送ってくから、待ってろ」
「え、いいよそんな、悪いし。一人で帰れるよ」
女の子扱いされているようで少しむっとする俺に、佐藤くんは全く気付いていない様子。
轟さんのこと言えないよね、この鈍感、なんて心の中で悪態を吐く。
だけど、佐藤くんは強情にも俺の腕を決して離そうとはしなかった。
それどころか、逃がさないとばかりに少し力を強めている。
「いいから、待ってろ。すぐ着替えてくるから」
「うん…わかった」
渋々了承した俺にもう一度だけ待ってろよ、と釘を刺した佐藤くんは、少し焦れるように更衣室に繋がる扉を開け放つ。
中に消えて行く彼の背中を見届け、すとんと休憩室の椅子に腰を下ろす。
窓に目を向けると、そこに映るは己の以前とは違う姿。
どこにでも居る平凡な女の子、と言ったところだろうか。
ただ、眉間に皺を寄せる姿は不細工だった。
いつも通りのワグナリア。
ただ一つを覗いては。
「うぐぐっとれな、いーっ」
思い切り背伸びをしても届かぬ距離。
以前の、男の身体の時ならば、こんな距離なんて軽々と手を伸ばせたはずだ。
それが今は情けない事に、どんなに爪先立ちしようが跳ねようが、掠りもしなかった。
思っていた以上に縮んだ身体に、そりゃ佐藤くんに直ぐバレたわけだ、と妙に納得してしまう。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
あの荷物をどのようにして取るか、一番の悩みどころだ。
少し唸りながら腕を組んでいると、頭上から低音が降ってきた。
「これか」
間髪入れずに、背後に現れた人物が、ひょいっと軽い動作で目的の物を持ち上げたのを目線だけで追いかける。
そのまま俺の目の前に差し出す彼_佐藤くんは、一週間前よりも高い位置に存在していた。
「あ、ありがとう」
目線だけで見上げ、おずおずと手を差し出して受け取る。
どこから見られていたのだろう、と思うと、恥ずかしさで顔がかっと熱くなった。
「取れないなら、俺でも小鳥遊でもいいから呼べ」
「う、ん…ありがとう」
「ん」
ぽんっと頭に大きな手が下りてくると同時に、数度撫でられる感触。
種島さんあたりにでもしそうな行為に、なんだか複雑な気持ちになる。
(本当情けないなぁ)
はぁと溜息を吐くと、佐藤くんが不思議そうに首を傾げた。
「溜息吐くと、幸せ逃げるぞ」
「あー…もうとっくに逃げてるから大丈夫」
言ってからもう一度溜息を吐き、佐藤くんを置き去りにしてとぼとぼとその場を離れる。
女性化してもう一週間だ。
慣れない身体に戸惑いながらも、何とか我武者羅に過ごした一週間。
そもそもこの異変は、いつになれば終わりを迎えるのだろうか。
最初こそ身体の変化についていくのがやっとだったけれど、それにも多少慣れてしまえば考えることはそのことばかり。
それを考えると不安が胸を押し潰し、一睡も出来ずに朝日を拝む羽目となったことは記憶に新しい。
「っていうかさ、皆順応早すぎでしょ」
ワグナリアのメンバーは、この事実を知り最初こそ驚いてはいたが、次の日にはけろっとしていつもと同じように俺に接していた。
それは有難いことでもあるのだが、本人を置き去りに全てを受け止めるなんて、何て度量の広い人ばかりなんだと。
いや、それ以前に、失礼な言い方かもしれないが、ちょっと変わった者の集まりなのだと改めて思った。
道理で俺がスカートを穿いて出勤しても、笑顔で迎えてくれるはずだ、これで全て納得。
そんな俺は、それから仕事が終わるまで、ずっと悶々と考え込んでいた。
いつになれば元に戻るのか、いや、そもそも戻れると言う保証はあるのだろうか。
神様の悪戯にしては、ちょっとばかし、いや、大分度が過ぎていると思う。
帰宅しようとロッカーに入って私服に着替えようとするその瞬間が、最近では憂鬱な時間。
轟さんが見繕ってくれた私服の可愛さに、頭が痛くなるのももう日課だ。
着替えを終えふらっと歩いていると、ぼすんと誰かの胸に頭をぶつける。
「もう帰るのか?」
「あ、佐藤くん…うん、疲れちゃったから、先帰るね」
お疲れ様、と苦笑いしながら歩を進めようとしたが、それは佐藤くんの腕によって阻まれる。
「何かな?」
「あ、いや…そうだ、送ってくから、待ってろ」
「え、いいよそんな、悪いし。一人で帰れるよ」
女の子扱いされているようで少しむっとする俺に、佐藤くんは全く気付いていない様子。
轟さんのこと言えないよね、この鈍感、なんて心の中で悪態を吐く。
だけど、佐藤くんは強情にも俺の腕を決して離そうとはしなかった。
それどころか、逃がさないとばかりに少し力を強めている。
「いいから、待ってろ。すぐ着替えてくるから」
「うん…わかった」
渋々了承した俺にもう一度だけ待ってろよ、と釘を刺した佐藤くんは、少し焦れるように更衣室に繋がる扉を開け放つ。
中に消えて行く彼の背中を見届け、すとんと休憩室の椅子に腰を下ろす。
窓に目を向けると、そこに映るは己の以前とは違う姿。
どこにでも居る平凡な女の子、と言ったところだろうか。
ただ、眉間に皺を寄せる姿は不細工だった。
作品名:彼が彼女になったなら③ 作家名:arit