こわいものなど
慣れない子供に手ほどきなど一体何をやっているのだろう。それでも、いつも可愛くない事ばかり言っては突っかかってくるこの子供が、自分の事を必死に求めてくれるのがどうしようもなく愛しかった。
怪談などたいして恐くないのだと歳三は思う。そんなものより恐いのは人の心だった。どこに行くにも引っ付いてくるその姿が可愛くて、今もそれは変わらないのに、突然成長の一面をちらりと覗かせる。その一面を目の当たりにするたび思い知らされる。大人になるほど寂しさに敏感になって、手放す事など出来なくなっていく自分を。
触れた舌を離して惣次郎の顔を覗き込むと、見たこともないほど真っ赤だった。幼いその顔に浮かぶのは、子供のあどけなさそのもののような気がする。なのに次の瞬間には、強く唇を吸われて舌を絡ませてくる。そっと歯列を撫でてくるその舌の動きはぎこちない癖に、そして自分も、口付けなど手馴れている筈なのに、息苦しくてたまらない。本当にどうしようもなかった。
どのくらいそうしていたのか、惣次郎が肩口に当てた手をそのままに身体を少し起こした。冷静になって今度は恥ずかしさがこみ上げたのか、ぷいと目を逸らす。その顔だけがやけに年相応なのがおかしくて、歳三は笑ってしまった。
「もう気が済んだだろ。灯り、消すからな」
惣次郎の身体をよけると、今度は有無を言わせず行灯の傍へ行き、火を仰ぎ消す。布団に潜り込むと、惣次郎がぎゅっと抱きついてきた。
この姿勢で寝ろってのか、と歳三は一瞬思う。首に抱きつかれて正直ものすごく苦しかった。けれど、ひょっとしたら恐いのかもしれない、なきに等しい考えに行き当たれば、今日一晩くらいは許してやるかという気持ちになった。そっと惣次郎の背中に片手をまわす。
結局惣次郎はあの話を恐いと思ったのだろうか。よくわからない。しかし仮に恐がっていたとしても、作り話への恐怖など年を経るごといつかなくなっていく。
けれど自分はどうだろう。怪談などは恐くないが、目の前の子供がすこしだけ恐い。こちらが恐い話をしたはずなのに、逆に恐い事に気付かされたような気持ちになった。
既に眠さに目をこすっている惣次郎の顔を見てため息をつく。秋の夜は長さを増しているから、寝付けなくとも夜明けまで時間はありそうだ。暫し考えを巡らせようと、歳三もゆっくり目を閉じた。