包帯と致命傷
中庭の石タイルに血が垂れていた。
ぽつぽつと一定の間隔で垂れている真っ赤な血は、中庭の向こうまで続いている。
誰のものだろうか。誰かが怪我をしているのだろうか。結構な量の血を垂らしているので、それなりに深い傷と見て間違いないだろう。誰にせよ怪我をしているのなら手当てをしてあげなければ。
そう思って僕は、血の痕を辿る。血の痕は中庭の石タイルを外れ、雑草の上にさらに赤い血を垂らす。どうやらこの血を流している人は、怪我をしているのに寮の外をぐるりと回って裏庭に向かっているようだ。すぐにでも手当てをしなければいけないのに、どうして中庭などに向かっているのだろう。
足元を見て血の痕を辿りつつも、定期的に面を上げて誰か見えないか探す。それを何度目か繰り返している内に、黒いなにかが目に入った。その黒い何かに近づいてみる。
何度か、見たことのある青年だった。リンクとよく一緒にいる、というよりかはリンク以外には全く心を開いてくれない、外見はリンクそっくりなのに中身は全く似ていないあの青年だ。リンクは彼を、ダークと呼んでいたか。
真っ黒い服に、銀色の髪。血色の悪い肌の中で赤い瞳が、生気こそ全く見られないがよく目立っている。足元には小さな小さな血だまりが出来ている。
それなのに怪我など全く気にせず、膝をつき、雑草の中で何かを探しているようだった。落し物でもしたのだろうか。リンクに手伝ってもらえばいいのにと思ったが、リンクは今ステージの上で戦っていたことを思い出す。
彼は確か僕らのような正規のメンバーではない。リンクとのイベント戦の為と、万が一の際のリンクの代理としてに特別にここにいる。その為表に出る機会が少なく、他人ともほとんど交流が無いから困っている。とリンクが呟いていたのを覚えている。手伝ってくれる人も、手当てをしてくれる人も、リンク以外にいないのだろう。
彼に少しずつ近寄ってみる、ある程度近づいた所で僕の存在に気づいたのか、警戒してこっちを睨みつけている。僕としては敵意を見せたつもりなど無いのだけれども。
「君は、ダークだね? 怪我をしているだろう? 僕が手当てをしてあげるから、寮に戻ろう」
そう言って、彼に手を差し伸べる。彼は何もいう気配が無く、ただじっと動くのをやめて、自分の目を生気の無い赤い瞳でじっと見つめている。殺気特有のあの肌がぴりぴりとする感じがどんどん無くなっていっているので、警戒を解きつつあるというのはとりあえず分かるのだが、自分の手を取りそうには見えない。さらに僕は続けて、
「何を探しているんだい? 怪我をしたままでは傷から菌が入って化膿してしまうよ。せめて、止血くらいはしたほうがいい」
「草を……探してる。長めの茎に、ぎざぎざで黄緑の葉がある草」
「草? どうして草なんかを」
「リンクがもしも怪我をした時、傷口にその草をもんでくっつけると傷が早く治るって言っていた。……だから、探してる」
それを聞いて、思わず噴き出してしまった。確かに村で育ったリンクならその辺りの知識もあるだろうし、実際薬なんてもしもの時以外滅多に使いそうに無い。戦場を生き延びた僕としても、薬になる葉は非常に役に立つことが身に染みて分かっているから、それなりに知識もあるつもりだ。
だが、止血もせずに傷から血を垂れ流したままその草を探すというのはちょっと違うのではないだろうか。どうやらリンクは間違った応急処置を教えてしまったようだ。いや、怪我をした時に効く草だけ教えて、肝心の応急処置は教えなかったのか、或いはちゃんと教えたのだが彼は間違った解釈をしてしまったのかもしれない。
いずれにせよ、このまま放っておいてさっき僕が言ったとおり、菌が入って傷口が化膿してしまえば元も子もない。
僕は、相変わらず僕の目をじっと見ている彼の右手を取る。人差し指、中指、薬指のそれぞれ第二間接あたりからだらだらと血が流れ続けている。切り方からして、剣の手入れをしているときにでも誤って指をまとめて切ってしまったのだろう。しかし、思った以上に深い傷だ。それなりに痛みもあるはずなのに、彼は全く動じない。
絹のハンカチを取り出し、半分に引き裂いて片方を傷口に宛がう。傷口をハンカチで強く抑え、その上からもう片方のハンカチと辺りに落ちていた木の棒で止血帯を作り、その場凌ぎの止血を済ませる。
「いいかい、これが本当の応急処置だ。薬草も勿論便利だろう。だが、まず先にすべき事は止血なんだよ。血を流したままそんなことをするなんて以ての外だ」
「あいつの言っていたことは、間違ったことなのか?」
この様子では、彼はリンクの言うこと全てが正しいものと思い込んでいるようだ。
彼の生い立ちは以前リンクから聞いた。幸いなことに言語が予め刷り込まれていたので、意思の疎通は出来るのだが、自我がちゃんと出来上がっておらず、とにかく知らないことばかりでその上本人も新しい知識を自ら得ようとはしないので困っている、と。
「そうだよ。リンクも人間だ。完璧じゃない。たまに間違うときもあるだろうね」
「間違って、いる……」
「そう。だが君に勘違いしないで欲しいのは、間違った知識を正してくれる人は居るのだから、間違った知識を得るのが怖いとは思わないことだ。いいね?」
止血をし終えた彼の右手を両手で包み込むようにそっと握りながら、彼に同意を求める。彼はしばらく考え込んだ後、頷いて同意してくれた。
「わかったならいいんだ。さぁ、僕の部屋に戻ろう。もっとちゃんとした手当てをしなければいけないからね」
「草はいいのか」
「そうだね。薬草は便利なものだ。だがそれはもっと小さな傷のときに使うものだからね。この傷はそれなりに深いし、君はこの手で土を触ってしまったから、消毒をしなければならない。だから、ちゃんとした治療をしなければいけないんだ」
握っていた手を、傷付いている右手から左手に持ち替えて、彼を立たせる。歩き始める前に、彼は僕の目を、殺気の消えた赤い瞳でじっと見つめて、
「お前は……お前の名前は、なんて言う」
「僕の名前はマルス。出身は紋章の世界。赤い髪の剣士がいるだろう、あの人と同じ世界から来た」
それを聞いて、ダークは何かを思い出したようだ。無表情を崩さなかった彼が、一瞬だけ顔に驚きの表情を浮かべて、その赤い瞳に再び警戒心が宿る。
「どうかした?」
「知らない人についていったらいけないって、リンクが言っていた。……それも間違っているのなら、謝る」
「ロイ、救急セットを出してくれ!」
自室の扉を開けて、中に居るはずの同居人に声をかける。椅子に座って公務の書類に目を通していた同居人のロイは何事かと自分たちの姿を眺め、ダークの右手にハンカチが巻かれていることに気がつくと、すぐに棚から救急箱を取り出すために椅子から立ち上がる。
僕はダークの腕を引き、ロイが座っていた椅子に座らせる。散らばっていた書類をテーブルの隅にまとめて置いた後、ダークの手をそっとつかんで、止血帯を解く。
既に血は止まっているのだが想像以上に傷は深い。しかも菌が傷口から入った可能性があるので、すばやく手当てをしてあげなければ。
ぽつぽつと一定の間隔で垂れている真っ赤な血は、中庭の向こうまで続いている。
誰のものだろうか。誰かが怪我をしているのだろうか。結構な量の血を垂らしているので、それなりに深い傷と見て間違いないだろう。誰にせよ怪我をしているのなら手当てをしてあげなければ。
そう思って僕は、血の痕を辿る。血の痕は中庭の石タイルを外れ、雑草の上にさらに赤い血を垂らす。どうやらこの血を流している人は、怪我をしているのに寮の外をぐるりと回って裏庭に向かっているようだ。すぐにでも手当てをしなければいけないのに、どうして中庭などに向かっているのだろう。
足元を見て血の痕を辿りつつも、定期的に面を上げて誰か見えないか探す。それを何度目か繰り返している内に、黒いなにかが目に入った。その黒い何かに近づいてみる。
何度か、見たことのある青年だった。リンクとよく一緒にいる、というよりかはリンク以外には全く心を開いてくれない、外見はリンクそっくりなのに中身は全く似ていないあの青年だ。リンクは彼を、ダークと呼んでいたか。
真っ黒い服に、銀色の髪。血色の悪い肌の中で赤い瞳が、生気こそ全く見られないがよく目立っている。足元には小さな小さな血だまりが出来ている。
それなのに怪我など全く気にせず、膝をつき、雑草の中で何かを探しているようだった。落し物でもしたのだろうか。リンクに手伝ってもらえばいいのにと思ったが、リンクは今ステージの上で戦っていたことを思い出す。
彼は確か僕らのような正規のメンバーではない。リンクとのイベント戦の為と、万が一の際のリンクの代理としてに特別にここにいる。その為表に出る機会が少なく、他人ともほとんど交流が無いから困っている。とリンクが呟いていたのを覚えている。手伝ってくれる人も、手当てをしてくれる人も、リンク以外にいないのだろう。
彼に少しずつ近寄ってみる、ある程度近づいた所で僕の存在に気づいたのか、警戒してこっちを睨みつけている。僕としては敵意を見せたつもりなど無いのだけれども。
「君は、ダークだね? 怪我をしているだろう? 僕が手当てをしてあげるから、寮に戻ろう」
そう言って、彼に手を差し伸べる。彼は何もいう気配が無く、ただじっと動くのをやめて、自分の目を生気の無い赤い瞳でじっと見つめている。殺気特有のあの肌がぴりぴりとする感じがどんどん無くなっていっているので、警戒を解きつつあるというのはとりあえず分かるのだが、自分の手を取りそうには見えない。さらに僕は続けて、
「何を探しているんだい? 怪我をしたままでは傷から菌が入って化膿してしまうよ。せめて、止血くらいはしたほうがいい」
「草を……探してる。長めの茎に、ぎざぎざで黄緑の葉がある草」
「草? どうして草なんかを」
「リンクがもしも怪我をした時、傷口にその草をもんでくっつけると傷が早く治るって言っていた。……だから、探してる」
それを聞いて、思わず噴き出してしまった。確かに村で育ったリンクならその辺りの知識もあるだろうし、実際薬なんてもしもの時以外滅多に使いそうに無い。戦場を生き延びた僕としても、薬になる葉は非常に役に立つことが身に染みて分かっているから、それなりに知識もあるつもりだ。
だが、止血もせずに傷から血を垂れ流したままその草を探すというのはちょっと違うのではないだろうか。どうやらリンクは間違った応急処置を教えてしまったようだ。いや、怪我をした時に効く草だけ教えて、肝心の応急処置は教えなかったのか、或いはちゃんと教えたのだが彼は間違った解釈をしてしまったのかもしれない。
いずれにせよ、このまま放っておいてさっき僕が言ったとおり、菌が入って傷口が化膿してしまえば元も子もない。
僕は、相変わらず僕の目をじっと見ている彼の右手を取る。人差し指、中指、薬指のそれぞれ第二間接あたりからだらだらと血が流れ続けている。切り方からして、剣の手入れをしているときにでも誤って指をまとめて切ってしまったのだろう。しかし、思った以上に深い傷だ。それなりに痛みもあるはずなのに、彼は全く動じない。
絹のハンカチを取り出し、半分に引き裂いて片方を傷口に宛がう。傷口をハンカチで強く抑え、その上からもう片方のハンカチと辺りに落ちていた木の棒で止血帯を作り、その場凌ぎの止血を済ませる。
「いいかい、これが本当の応急処置だ。薬草も勿論便利だろう。だが、まず先にすべき事は止血なんだよ。血を流したままそんなことをするなんて以ての外だ」
「あいつの言っていたことは、間違ったことなのか?」
この様子では、彼はリンクの言うこと全てが正しいものと思い込んでいるようだ。
彼の生い立ちは以前リンクから聞いた。幸いなことに言語が予め刷り込まれていたので、意思の疎通は出来るのだが、自我がちゃんと出来上がっておらず、とにかく知らないことばかりでその上本人も新しい知識を自ら得ようとはしないので困っている、と。
「そうだよ。リンクも人間だ。完璧じゃない。たまに間違うときもあるだろうね」
「間違って、いる……」
「そう。だが君に勘違いしないで欲しいのは、間違った知識を正してくれる人は居るのだから、間違った知識を得るのが怖いとは思わないことだ。いいね?」
止血をし終えた彼の右手を両手で包み込むようにそっと握りながら、彼に同意を求める。彼はしばらく考え込んだ後、頷いて同意してくれた。
「わかったならいいんだ。さぁ、僕の部屋に戻ろう。もっとちゃんとした手当てをしなければいけないからね」
「草はいいのか」
「そうだね。薬草は便利なものだ。だがそれはもっと小さな傷のときに使うものだからね。この傷はそれなりに深いし、君はこの手で土を触ってしまったから、消毒をしなければならない。だから、ちゃんとした治療をしなければいけないんだ」
握っていた手を、傷付いている右手から左手に持ち替えて、彼を立たせる。歩き始める前に、彼は僕の目を、殺気の消えた赤い瞳でじっと見つめて、
「お前は……お前の名前は、なんて言う」
「僕の名前はマルス。出身は紋章の世界。赤い髪の剣士がいるだろう、あの人と同じ世界から来た」
それを聞いて、ダークは何かを思い出したようだ。無表情を崩さなかった彼が、一瞬だけ顔に驚きの表情を浮かべて、その赤い瞳に再び警戒心が宿る。
「どうかした?」
「知らない人についていったらいけないって、リンクが言っていた。……それも間違っているのなら、謝る」
「ロイ、救急セットを出してくれ!」
自室の扉を開けて、中に居るはずの同居人に声をかける。椅子に座って公務の書類に目を通していた同居人のロイは何事かと自分たちの姿を眺め、ダークの右手にハンカチが巻かれていることに気がつくと、すぐに棚から救急箱を取り出すために椅子から立ち上がる。
僕はダークの腕を引き、ロイが座っていた椅子に座らせる。散らばっていた書類をテーブルの隅にまとめて置いた後、ダークの手をそっとつかんで、止血帯を解く。
既に血は止まっているのだが想像以上に傷は深い。しかも菌が傷口から入った可能性があるので、すばやく手当てをしてあげなければ。