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Émile

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「おまえ、背は幾つになった」

 出し抜けにかけられた言葉に、少年はひとつ瞬きをして、しかしこれといった表情は浮かべずに答えた。
「何だ。こんな時に」
「…いや。初めて会ったときからすれば、ずいぶん伸びたと思ってな」
 今度は、あからさまに眉を顰められる。
 何も揶揄するつもりはなく、ただの雑談のつもりで出た言葉。それは分かっていると思いたいが――珍しく返答に間が生まれているあたりからして、どう捉えるべきか、計りかねているのかもしれない。
「頭ひとつ分は、伸びたんじゃないのか」
「…当然だろう」
 4年も経つのだからな、とか、まだ成長期だからな、とも付け加えずに言葉を切り、顔をそむける。3m四方の箱の中に、再び沈黙が降りた。
 しまったな、と思った。年齢を意識させるような言葉を直に向けたのは、記憶する限りだと初対面の時以来だ。こいつが普段、仕事以外の話をしたがらないのは本人が言うように、時間の都合によるところが大きいのだろうが、こういう世間話を避けるためでもあるのかもしれない。
 ふと見ると、オリガ嬢が俺に射殺すような視線を向けていた。いつかの事で諌められたせいだろうか、昨今は俺と神堂のやりとりに口を挟むことは滅多にないが。気持ちだけ、肩を竦めて目を逸らす。長く煙草を吸えない状況には慣れているが、こんな時には手持ち無沙汰だ。

 7月の終わり、折り悪く起こった停電。俺と、神堂とオリガ嬢は、『組織』のアジトのエレベーターの中に閉じ込められていた。
 俺は出先からの帰り、執務室に戻る途中。神堂の方は『組織』の技研の連中にせがまれて、わざわざアジトに顔を出すという、年に一度あるかないかの機会。それがたまたま同じエレベーターに乗り合わせた矢先という、計ったようなタイミングの事故。すわ非常事態か、とも思ったが、ほどなく内部の巡回を終えた猫の報告によれば、どうやら本当に、単なる電器関係の故障らしい。
 地上では、ひどい雷雨が続いていた。神堂がこのアジトを訪れるにあたっても、あの飛行機械を使わずに車を出したくらいだ。たまに『組織』に時間を割いてみれば、こんな足止めをくう羽目になって、内心かなり苛立っていることだろう。
 照明がすぐに復活したところからみて、このアジトの予備電源は正常に作動している。が、エレベーターの運行には何やら問題が残ってしまったようだ。
「俺の会社の系列では、昇降機の安全装置は扱ってないが…この程度の雷で不具合を起こすような設備なら、即刻リコールするべきだな」
 『組織』内で使われる設備の多くが、神堂の会社の系列に拠っているとはいえ、インフラの全てをまかなっているわけではない。大きくて単純なものほどそうだ。新しくも古くもない、どこにでもある昇降機。4階以下には一般の構成員が入れないよう、IDによる認証システムを備えているが、他にこれといって特殊な機能はない。
 といっても単なる停電なら、最寄の階に着けて人を降ろせる程度の仕様にはなっているはずなのだが。
「…考えておこう」
 とりあえず、端末から連絡して、電器関係に強い構成員を制御盤と機械室に向かわせた。もちろん、担当の業者も呼んでおいたが、うまくすればそちらが着くよりも早く修理は済むだろう。こちらには少々畑違いとはいえ、世界トップレベルの相談役がいるのだ。
 ほどなくして、神堂の携帯が鳴った。
「もしもし。…ああ、技術顧問の神堂だ。よろしく頼む。…そうだな、まず確認してもらいたいのだが…」
 今更感心することでもないが、この程度の機器の構造は目にするまでもなく理解しているのだろう、年に似合わぬ明瞭さで制御盤の担当者に指示を出してゆく。
 その声を聞きながら、先のような『失言』が出た理由を、何とはなしに考える。実力を認めてからは、子供扱いするようなことは、意識的に避けていたはずだ。取引相手として扱う上でも、いたずらに機嫌を損ねることはあるまいと思って。
 いや、理由もなにも、伸びたな、と思ったから言ってしまった。それだけの事だ。普段のやりとりは通信で済むことがほとんどで、直接顔を合わせるのは、年に数回ほど。たまに同席しても、こうして肩を並べる形になることはなかった。そう、しいて言えば初めて向かい合った時と、去年の『本部』突入以来か。
「…となると、電気系統の問題ではないな。いったん機械室の担当に換わる。修理が済んだらもう一度操作を任せることになるだろうから、そこに控えておいてくれ」
 ひとつ、浮かび上がってきた記憶があった。記憶があったから、ああ言ったわけでは、ないと思う。ただ、俺もそういう立場になったのだと思うと、奇妙な感慨があった。


 *


 Dクラスに昇格して、初めての任務に就く少し前。欧州支部のエレベーターで、当時管理官だったあの人と乗り合わせた。今はもう無い、前世紀から増改築を繰り返して存在していたのだという、地上十数階のあの建物。俺は1人、寮の部屋に戻る途中。彼はおそらく、執務室に戻る途中。
 正式に配属された際に、一度顔を合わせていた。儀礼的な会話を2、3交わしただけだったが、まあ、上役にして悪くはない、という印象を持っていた。この年頃の、確かな地位を得た人間が身に纏いがちな、緩んだ空気が微塵もない。研がれたような鋭い容貌の男。
 当時、15を数える前にDクラスに所属していた者は数えるほどで、俺はそれを誇っていた。着慣れないスーツに身を包んでいても、気後れする思いはなかった。背筋を伸ばし、短く挨拶を述べれば、あちらも昇降の束の間に、何がしかの言葉を交わしてみる気になったらしい。
『君は確か、新入りの――』
『シュバインといいます。よろしくお願いします』
 真っ直ぐに向けられた視線を受けて、男は目を細めた。
『いい瞳だ。気概がある』
 あの笑顔は、今思えば別段馬鹿にしたわけでもなかったのだろうが。
『しかし、その年で煙草の匂いをさせているのは感心しないな』
 彼はあろうことか、俺の頭に手を置き、そう言った。
『目立つし、なにより体に悪い』
 ごしごしと、上げた髪を乱すような動きに、怒りでかっと頬が熱くなった。だが言葉を返す間も、払いのけてやろうと体を動かす間もなく 、エレベーターは目的の回に着き、手は俺の頭から離れていった。
『自愛したまえよ、少年』
 背中越し、振られた右手がひどく癇に障った。他に乗り合わせていた構成員たちは笑うでもなく、皆その階で降りていった。
 扉が閉じてほどなく、俺は壁に拳を打ち付けていた。






「…ああ、それで問題ない。ご苦労だったな。そうだ、ついでだから、業者に修理をキャンセルする旨の電話を入れておいてくれるか?制御盤にも連絡先は書いてあるだろう」
 幸い、修理にあたって足りない工具などは無かったようだ。神堂が通話を終えてすぐ、筐体は動き出した。
 時計を見れば、閉じ込められてから20分と経っていない。
「ご苦労」
「全くだ」

 今また、自分よりも頭ひとつ低いこの少年を見下ろしていて思う。40余りも年の離れた彼にとって、あの時の俺はどれほど幼く見えたことだろう。
作品名:Émile 作家名:320