二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

酷夏

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
騒ぐ町並みはいつもと大して変わらないように見える。昨日台風が上陸したのが嘘のように空は青く、日本の夏独特の湿度を含んだまとわりつく暑さは健在だ。
 大通りを忙しなく行き交う人々の顔は様々だった。走って焦っている者、未だ寝ぼけ眼な者、陰鬱とした者、活闥とした者、多種多様の有り様を飲み込んで煩雑としている。そんな人間の在り方を折原臨也は何よりも愛していた。
 今日も今日とて彼は趣味の人間観察の為に大通りを練り歩く。墨で染め抜いた黒い着物もさることながら眉目秀麗を体現した容姿は女性の目を特に惹いた。そんな視線には毛ほどの興味も持たず、彼はどのような策で人を弄するか思案に耽る。

(さぁ今度はどんな風に俺を楽しませてくれるのかなぁ?)

 そんな時だった。

「おい!!大変だ!!川辺で子供が死んでるぞ!!!」

 一瞬世界が凍結する。しかし次の瞬間には日常に帰る者と声の方へ足を向ける者とに分かたれた。全容が知れない中、憶測が憶測を呼び、飛び交う。
 臨也はどうするかしばし逡巡し。

(まぁいいか)

と、口唇に弧を描きながら川辺へと向かった。
 昨日は居なかった蝉が伴侶を探すために鳴き始めた午前の事だった。


***


 川辺には既に人だかりが出来ていた。殆どが先程の声の内容を確かめに来たのだろうが、臨也は違う。
 彼は“人間”を観察するのが好きだがそれは生きている“人間”のみが対象だ。よって彼が此処に来たのは絶叫の真偽ではなく、集まった人々を見聞するためである。

(まぁ人が死んでるのにみんな爛々としちゃって)

 一目現場を見ようと跳び跳ねるヒト。顔を背けつつ目線は固定しているヒト。ひそひそと会話をするヒト。
まだ若いよ可哀想だと宣いながらその子供の死を興味本心のみで見物に来るヒトの身勝手さに臨也は口元を袖で隠しながら更に弧を歪めていた。

「警察だ!!道を開けろ!!」

 ようやく到着した公僕に人垣が綺麗に割れていく。見知った白衣の人物が屈み、しばらくして首を横に振るのが見えた。
ここにきて完璧にその子供の死は確定した。
上官らしい人物が指示し、横たわった人影が担架に移され白い布に覆われる。
しかし上に持ち上げられた際に何処かに挟んだのか布が擦れ、死者の面が露になった。
 
子供は―少年だった。

十代であるようだが短く切り揃えられた前髪が更に幼さを強調していた。
想像していたより随分印象が違うと臨也は思う。
一体何があって寿命を終えてしまったのか分からない。けれど一般のそれとは何かを逸してした。
ふと、生きていた頃は大きく開かれていたであろう眼が胡乱げに臨也を見つめた。
否、少年はもう生きていないのだからその黒曜石にただ臨也が映っただけだ。
だが臨也は確かに感じた。
―自分は捕らえられたのだ。あの壊れた硝子の微笑みに。

額から流れる汗が冷たい。

 気温は上昇し続け、今が盛りとばかりに蝉は鳴いていた。打ち捨てられた脱け殻が地面で乾いていた。


***


「珍しく君から連絡があったと思ったら。とうとう宗旨変えかい臨也?」

 閉ざされた部屋に入るなり新羅は白衣を翻し、自らに追随していた男に向き直る。
追随していた男―臨也は先程までの黒衣ではなく、新羅と似た白衣を着ている―は秀麗な眉をしかめた。

「いらない詮索は寿命を削るぞ新羅」
「やれやれ。まぁ僕とセルティに害が無いならいいけどね」

 眼鏡の奥の瞳は得体が知れないが本人の言の通り、新羅は自分の伴侶以外には全くもって関心を持たない男だ。臨也との付き合いは長いがそれは一重に新羅の志向が常に一方にしか向かないからだろう。
新羅は臨也の知り合いらしく変わった人間であるものの、医者としての腕は評判が良かった。主に裏稼業の人種が商売相手だが、たまに警察からの依頼で今回のような検死もしたりする。
少年が運ばれるやいなや臨也は新羅に接触し、検死に同行できるようたのんだ。もう一度少年に会うために。

真白く澱んだ部屋の中心には件の少年が眠っている。着物からのぞく手も足も何処もかしこもが細かった。

「で、この子の死因は?」
「……目立った外傷はないし、多分……溺死かな。増水した川に足でもとられちゃったのかな?」

可哀想に、と言いながらも検分する手は止まらない。

「おや、何か握っているね?」

新羅が示したのは少年の左手。強く閉ざされた指の間。

「なんだろうこれ?」
「……糸?」

 それは間違いなく糸だった。赤というよりは朱色に近い。少年の服に使用された繊維ではなく、市販されている手縫い糸のようだ。
相当強く握りしめているのか糸は引っ張っても抜けなかった。
臨也は抜けない糸に無償に腹が立った。いっそ切ってしまおうかと考えていると、いつの間にかメスを構えた新羅が笑顔で部外者に問うた。

「さ、これから中を調べるけど君はどうする?」

少年が切り刻まれる様を見るのか否かと。



作品名:酷夏 作家名:ぬぅ