オレンジ色の楽園
「お前の隣にいるのはこの先もずっと俺なんだって、思い込んでた」
耳に届くのは掠れて震える、弱々しくて情けない声。聞かれたくねえなあ、そう思うけど、きっと、今、伝えなきゃいけない。
違う、俺は、伝えたい。
「でもそんなの違うんだって、選ぶのは帝人で俺じゃないんだって、今更みたいに気付いたんだ」
ひゅ、と息を飲む音が、すぐ近くで聴こえた。けれど俺は、伝えることをやめない。
「帝人が誰を選んでも、俺はそれに何も言えないんだって。どうこうする権利なんてないんだって」
吐き出すように、途中で立ち止まってしまわないように、息を吐かず、一気に口にする。
最後の一言を前にして、やっぱり一気に言ってしまえばよかったかと思う。けれど勢い任せでなんか、言いたくなかったから。
ちゃんと、大切に、伝えたかったから。
「好きなんだ、帝人」
言ってしまった、そんな微かな絶望感が身を包む。けれどそれと同時に、すうっと今まで抱えていた重みのような、そんなものが消えた気がした。
「っ、」
ふいに背中に暖かい腕が回る。恐々とした動き、けれど小さな手が、きゅっと強く、俺が珍しく羽織っていたブレザーの布地を握ってきた。
「……うん、」
ああ、まただ。優しい、包み込むような声。
「思い込みなんかじゃないよ、」
それ、どういう意味なんだよ。
「僕は、正臣がいいよ」
期待してしまってもいいの。自惚れてしまっても、いいの。
「帝、人」
顔を上げる。
きっと今俺は、これ以上ないくらいにひどい顔をしている。けど、顔を見て、聴きたかったから。
「正臣が、好きだよ」
綺麗な微笑みに見惚れた。少し細められた瞳からは、一粒の涙。
「………何、泣いてんだよ」
その雫も息を飲むくらい綺麗で、けど茶化すように俺が言えば、
「正臣だって、」
そう言って帝人も笑う。
言われる前から、頬に伝わった感触で気付いていた。
けれど、
「仕方ないだろ」
男二人で抱き合って泣いて、端から見れば俺達はなんて滑稽なんだろう。
今まで散々恐れて逃げて、ここまでかかってしまった。
それでも俺には、そんな自分達の格好悪さも馬鹿さも、全てが大切に思えて仕方ないんだ。
「……ずっと、好きだったんだ」
ずっと。ずっと好きだった。ガキの頃からずっと、お前だけが大切で、失くしたくなくて、欲しかった。
たまらずに、帝人の肩から手を剥がして、その身体を抱き締める。
好きでたまらない。愛しくて、たまらない。
「ありがとう、帝人」
帝人が俺を、選んでくれた。
俺を、好きになってくれた。
それはまだ到底信じられそうにない、けれど紛れもない事実で、俺にとっては、奇跡のようなことだった。
抱き締めているから帝人の顔はすぐ横にあって、表情は見えない。けど。
「………ううん、好きになってくれて、ありがとう」
背中に回っていた腕の力が強くなったのがわかった。知らなかった、知らなかったこんな、
さっきと同じ、けれどそれとは比べものにならないくらいの歓喜。
身体が震えた。やっと、やっと手に入れた。自分の腕の中に、ずっと欲しかった奴がいる。俺のものだ。絶対誰にも渡さない、俺の、俺だけの帝人。
「帝人、」
もっと触れたい。もっと聴きたい。もっと、近くに行きたい。
その欲求を、止められなかった。欲しくて欲しくてたまらない。
触れた肌は白くて、俺は自分の指先が急いていて、震えていて、心臓が騒いでいるのがわかった。
ゆっくりと長い睫毛が縁取った瞼が伏せられ、閉じていくのを、夕焼けに染まる狭い空間で、見ていた。
オレンジ色の楽園
(俺がずっと、望んでいた場所)