嘘
手に持っていたアイスクリームは、夏の熱気で溶けて、コーンと手を伝った後コンクリートに落ちていった。
落ちた滴にはいつの間に嗅ぎつけたのか分からない蟻が群がり、列を作っていた。
そしてまたアイスクリームが溶けて大きな滴になろうとしていると、それは大きな口の中に周りのアイスクリームと共に飲み込まれ、なくなってしまった。
「何やってるんだよ。早く食べないから溶けてるだろ」
彼もまたアイスクリームを手に持って、溶けたアイスが落ちないように忙しなく食べていた。
「暑すぎてぼーとしてました」
「じゃあアイス食って冷やせ」
アイスを食べて頭を冷やす?
そんなことできるはずないでしょう、あなたが口を付けたアイスなんかで。
今の私は少女漫画に出てくる女の子のような思考回路しか持ち合わせてはいないのだ。
あなたが口をつけた所に口を重ねるだなんて、頭がのぼせてしまう。
「なんだ?食わねぇのかよ」
「いえ…そういうわけでは」
あぁ、もう。
熱いのは気温だけのせいではないのに。
ドキドキと高鳴る心臓と火照っていく頬。
それを無視して彼が口をつけたアイスを舐めると、ひやりとした甘さが口の中いっぱいに広がった。
「夏休みなのに毎日毎日課外授業なんて、本当につまらないよな」
「えぇ、そうですね」
いいえ、嘘ですよ。
本当は毎日あなたと登下校できるから嬉しいのですよ。
「しかも昼間に終わるのとか最悪だよな。一番暑い時間に帰すなんてよ」
「本当、最悪ですね」
本当は嘘ですよ、最悪なんて。
暑いおかげで毎日あなたと帰り道にある駄菓子屋に寄って一緒にアイスクリームを食べることができるのだから。
最悪なんてことありません。
「しかも今年も彼女できなかった」
「それはそれは残念ですね」
「お前も彼女いねぇだろ。あぁー、残念だが今年の夏も一緒に遊ぼうな」
「本当に、私も残念です」
残念なはず、ありません。
彼に彼女ができなくてこれほど喜んでいるのは私かもしれないのに。
「お前だけだよ。俺にこんなに親身になってくれる友達は」
「何を言っているのですか?あなた、私以外に友達なんていないでしょう」
「うっせぇ」
また嘘ばっかりついてしまった。
私はあなたの友達なんかじゃない。
私は…私は―――
「ねぇ、アーサーさん」
「何?」
「私、アーサーさんのことが好きです」
「……は?」
「…好きなんです、あなたが」
「何言って…」
「………なんて、言うとでも思いました?」
「本田ぁ……」
彼はさぞかし怒った顔で私を睨んでいたのでしょうが、私はそれを見る勇気なんてありませんでした。
『何言って…』
その時の彼の表情が、私の胸の中をキリキリと締め付けてきて、あまりの痛さに目眩がした。