嘘
『本田君、お願い!
協力してくれない?』
クラスの女子からのメールだった。
メールアドレスを教えた覚えはないからきっとクラスメートの誰かから教えてもらったのだろう。
だがそんなこと、どうだって良かった。
『アーサー君に告白しようと思ってるの。
協力してほしいの』
学校の裏山で肝試しなんて、いつ以来だろうか。
昔アーサーさんと一緒に2人で肝試しをしたことがあった。
あの時は怖くて動けなくなった私をアーサーさんが背負って家まで連れて帰ってくれたのだ。
思い出せば口元が緩んでいくが、今日は違う。
今日はあの例のメールの《協力》とやらをしなければならないのだ。
本当は断りたかったのだが、どうやらクラスメート全員を巻き込んだ告白らしく、断ることができなかった。
肝試しのペアはもう決まっていて、アーサーさんは必ずあの女子と一緒になることになっているそうだ。
他のみんなは各々仲のいい人と一緒に適当に回るのだそうだが、私にはそんな相手はいなかった。
幼なじみの彼がいるだけで満足していたから、彼以外に親しいクラスメートはいないのだ。
誘ってくる者がいなかったわけではないが、やはり事が事だから、楽しんでいられる気がしないのだ。
クラスメート全員がグルとあって、クラスの女子はみんな無理やりあの女の子とアーサーさんが一緒になるように仕組んでいて、私は1人でポツンとその光景を見て、胸がキリキリと痛むのを感じていた。
数名の生徒が山に入った後、アーサーさん達も2人で山の中へと入っていく。
手を繋いで歩く姿があまりにも羨ましくて、見ていられなかった。
大半のクラスメートが山の中に入った後、勝手に帰ってしまおうかとも思ったが、折り返し地点には名札が置かれていて、自分でそれを取って来なければならないことを思い出し、仕方なく1人で山の中へと入った。
たまに聞こえてくるクラスメート達の楽しげな声。
その中にアーサーさんの声は
混じっていないだろうか、なんて聞き耳を立てる自分にほとほと呆れてしまう。
自分がどうしたって彼が振り向くことが無いのは、あの時の彼の表情で分かったはずなのに、まだ諦めたくないなんて思っている自分がいて、断られてしまえと最低なことばかり考えている自分もいて、なんて浅はかなんだと虚しくなった。
気付けば折り返し地点。
缶の中には私の名札だけが残っていた。
それをポケットの中に入れて下りの道をとぼとぼと歩いた。
そう言えばもうみんなの声が聞こえなくなってしまった。
今頃彼女はクラスメートの前で彼に告白でもしているのだろうか。
自分には決してできないことだから羨ましくてしょうがない。
私は明日彼になんと声をかけようか。
彼女できたんですね、おめでとうございます。
やっと夏休みに彼女と遊べるんですね。
羨ましいです。
やはり海とか行かれるのですか?
それともプールですか?
「なんて……言えるわけないじゃないですか」
胸が痛い。
痛くて痛くてたまらない。
ずっとあなたの側にいたいよと我が儘を言って、胸が痛い。
恋人だなんて欲張りなんて言わないから、どうかずっと隣りにいさせてください。
泣きそうな目を押さえながら歩いていたせいで足元の木の根っこなんて気付かずに、まんまと引っかかって転んでしまった。
膝を少し擦りむいたのかひりひりと痛むが、それ以上に胸が痛い。
もう立ち上がる気力なんてなかったからそのまま引っかかった木の根っこに腰かけて座っていると、決壊したダムのように涙がポロポロと流れ出した。
止まる気がしなかったから止めようともせず、膝を抱えて泣いていた。
自分がこんなにも弱いとは思ってもみなかった。
でも間接キスくらいでドキドキしてしまう思考回路をしているんだ。
このくらい、当たり前だったのかもしれない。
「もう…最悪です。本当に…最悪っ……」
「本田?」
その声を聞いて私は飛び上がってしまった。
「アーサー、さん?」
「お前、泣いてるのか?」
「ち、が……」
きっと暗くて見えてはいないのだろうが、声で分かってしまったらしい。
アーサーさんは私の前にしゃがんで頬を優しく触って、やっぱり泣いてる、と言って親指で涙を拭ってくれた。
「お前のことだからこうだと思った」
「え…?」
「前に肝試しした時、お前びっくりして腰抜かして立てなくなっただろ。だから今回もそうなんじゃないかなって」
アーサーさんは私の頭をぽんぽんと撫でて笑いかけてくれた。
「名札は?」
「…あります」
「お、少しは成長したんだな」
まるで私の兄か父かのようによしよしと彼は私を褒めてくれた。
でもおかしい。
おかしい話だ。
だって彼は今頃恋人になったクラスメートの女の子と手を繋いで帰っていなければならないはずなのだから。
私の所にいる必要なんて…
「…あの、アーサーさん」
「ん?」
「こ、告白…」
「お前もグルだったのか」
「……はい」
共犯ではないけれど、見ていただけの私は彼から見ればただの共犯者でしかないのでしょう。
だから素直に肯いた。
「俺、初めて女子と手を繋いで歩いたけど、なんかこう、しっくり来なくってさ」
「しっくり?」
「そう、しっくり。なんか楽しくないっていうかなんていうか…、とりあえず、断った」
断った。それが嘘のようで、でも嘘ではありませんようにと願う自分もいた。
「本当に…?」
「あぁ、断った。クラスでちょっと気まずいかもしれねぇけど、まぁ本田がいるしいいかなって思ってさ」
その言葉だけで体はずいぶんと軽くなった気がした。
「彼女欲しかったんだけどな、俺はやっぱり思うんだよ。恋愛は行程が大切だって」
「ふふ、あなたどこのおっさんですか」
「うっせぇ」
「そんなのじゃ、いつまでたっても彼女できませんよ」
「絶対お前より先に作ってやるよ」
「どうだか」
あなたならきっと、私よりもずっと早く彼女はできるはずですよ。
私はまだまだ今のこの想いを捨てきれそうにないですから。
「ほら、行くぞ」
アーサーさんは立ち上がって私に手を差し出した。
でも私は首を横に振ってみた。
「腰が抜けちゃいました」