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付かず離れず、この距離で

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背筋がビリリとした、包丁を持つ手の筋肉が固まった。
口の中が乾いてきているようだ、身体が水分を求めている。
あぁ、呼吸はどうやってやるんだっただろうか。
急に加速した心音を抑えるために強く瞼を閉じ、ゆっくりと開く。
大きく息を吸い込み、深く長い息を一つ吐いた。

「おはよう、佐藤くん」
「…はよ、相馬」

背後から声をかけられ、肩越しに振り返って挨拶を返す。
顔を見ていないため彼の表情は分からない。
しかし、おそらく物腰の柔らかい笑みを浮かべているんだろう。
そんな顔で接してくるものだから、油断して掛かると痛い目に遭うんだ。
変なところで情報通で、人の弱みを握って、それを時折チラつかせる。
そんな物どこから仕入れてくるんだといつも思う。
けれど、訊いたところで答えるとも思えないから、問う意味はない。

「これからお客さん増える時間だねー、忙しい時間からだなんてヤダなー」
「俺はお前よりも先に入ってラストまでなんだよ、さっさと手ぇ動かせ」
「はぁ~い」

制服の腕の裾を捲りながら手洗い場へ向かう。
その姿を視線だけで追い、観察するように見つめる。
人間観察はヤツの専売特許、というよりはヤツの趣味だ。
まさかこんな風に見られているだなんて、ヤツは夢にも思わないだろう。
ホールスタッフの若いヤツらならばまだしも、この自分なんぞが。

「(……ままならねぇな…)」

いつも澄ました顔をして、腹の内を見せない笑顔を振りまいて。
どうすれば読みとれるんだろうとか、覗き込むことが出来るんだろうかとか。
そんなことを考えては首を振り、ヤツの姿を盗み見る。
男の割には小柄と言うことはないが、細身な方ではあると思う。
直接触ったりなどはしたことはないが、着替えているところを見たことはある。
けれど、腕まくりをしている時に見える腕や手首なんかは細くて。
色白な方ではない、けれど、日に当たらない服の下の肌はやはり―――

「佐藤くん」
「…っ!あー、…何だ?」
「いや、何か見てたから…俺何かしたっけ?」

視線を向けたまま考え事をするもんじゃない。
考え事というか…少々やましさの混ざるものだが。
誤魔化すように勢いよく視線を逸らし、キャベツを切る手を動かす。
そして、不思議そうに首を傾げるヤツに、それらしい答えを与える。

「またなんか変なこと企んでんじゃねーだろうなぁ、ってな」
「いやだなぁ、そんな人聞きの悪い~」

眉をハの字に下げ、困ったように笑う。
こんな風に困った顔は見るけれど、怒ったところを見たことはない気がする。
眉間に皺を寄せて、喉が裂けるほどの声を出して。
何振り構わず訴えかける姿を、一度見て見たいかもしれない。
そうすれば――そんなことになれば、こっちだって言ってやるのに。
強く握った拳を絡め取って、叫ぶ口を塞いで、細い腰を引き寄せて。
逃げられないように壁へ追い込み、その耳元に口を寄せて――そっと囁く。
その時、一体どんな反応を見せるだろうか?

「足りない備品、倉庫から出してくるね」
「おう」

厨房から出て行く後ろ姿を見送る。
姿が見えなくなったと同時に肩の力を抜くと、足下から崩れそうになった。
それは作業台を支えにすることで踏ん張ったが、けれど酷く気疲れした気分だ。
右手で握っていた包丁を作業台に置く。
少々乱雑に放り投げた形になってしまったため、ガチンと音を立てた。
睨み付けるように自分の右手を見つめる。
そして、そのまま忌々しい物を握りつぶすように手のひらを握り混んだ。
調理に携わるため短く切ったはずの爪が食い込み、チリッとした痛みが走った。

もしも、なんていつ来るか分かったものではない。
一生来ることもないままに終わってしまうことの方が多いかもしれない。
自ら足を踏み出すこともせず、行動に移すこともせず、怯えて立ち止まっている。
そのくせ、頭の中では色々な思考が飛び交い、グルグルと回る。
幾ら進んでも袋小路――当たり前だ、望んで何度もその道ばかり選んでいる。
自分でも薄々気付いている、向き合ったその壁を壊してしまった先に何があるのか。
何が終わり、何が始まってしまうのか。
踏ん切りを付けるためにも、それは始めさせるべきものだ。
けれど、優柔不断な自分の中には同時に終わらせたくもないという思いもある。
だが、考える頭より想う心の方が欲望に実に忠実だ。



「(……触りてぇ…)」




いつブチ切れるか分からない理性に、密かに祈った。