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付かず離れず、この距離で

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その相手が何時入りか確認しているのは、知らない内に身に付いた習慣だ。
習慣付いていると気付いたのはいつだか忘れたが、随分後になってからだった。
気付いた時は己を笑ったが、笑い声が出ることはなかった。
驚いたのだ、それ以上に、声も出ないほどに。
最初こそ誤魔化し誤魔化し過ごしてきたが、段々それも出来なくなってきた。
自分でも無愛想だと自負している顔の筋肉が緩みそうになる。
顔が熱くなって、体が熱くなって、終い目には頭が茹だってきそうになる。
そこまで来てやっと気付かされた甘ったるい感情は、自分には不似合いな物だった。
無理だと思った、晒け出すことなど出来るはずもないと。
拙いその感情に気付いた途端に訪れたのは、嬉しさや喜びなどではなく絶望だった。
あぁ、とんでもない人間に落ちてしまったものだ。
ズキズキと痛みを訴える頭を抱え、この想いを伝えることはしないと割り切った。

「(……不毛、だろ)」

ばり、ばり、ばりり、ばり、
キャベツの葉を剥がしながら、何度思ったかしれない言葉を反芻する。
相手にとって自分はそういうものの対象外であることなど分かり切ったことだ。
同僚で、友達かと言えば微妙ではあるが、その部類の人間関係の枠の中にいる。
自分との関係はそんなのがいいところで、自分にとってもそうであると言えた。
不思議ながらに言葉に出してしまえるところが、自分でも可笑しいと思えた。
そう思うのは、きっと今の関係を壊してしまいたくないからだと。
ぬるま湯に浸かりきったような、近くも遠くもないこの距離が心地良い。
名前を呼んで、話しかけて、笑いかけてくれることが嬉しい。
この想いに気付いた時には感じられなかった喜びが、体中を支配してしまうほどに。
そんな風に思う自分はずるいのだろう、けれどそれで構わない。
自分の所為で相手の気持ちを掻き乱したくはない、あの笑顔を失うのが――怖い。

「おはようございます」

ホール唯一の男性店員、小鳥遊の声が挙がった。
先程向けていた視線を動かし、にこやかな笑顔を視線の先の人間に向けていた。
その姿を目を細めて見つめ、心なしか痛みを覚え始めた頭を抱える。
ふっと息を一つ吐き、スタッフ通路に僅か視線を向けた。

「おはよう、佐藤くん」
「あー、おはよ、轟」

腰には確実に銃刀法違反というものに適用するであろう刃物。
そんな凶器である日本刀をカチャカチャと揺らして、現れたのはホールチーフ。
表情は柔らかく、いつも笑顔でいる彼女は同僚に慕われている。
そんな彼女はこの店の店長を慕っている、それはもはや崇拝に近い。
店長が呼べば駆け寄り、腹が減ったと言えば喰い物を運び、あれこれと世話を焼く。
これでもかと言うほどに構い倒し、甘やかし、どこまで行くというのだろうか。
一体いつまで、近くに――直ぐ傍にいるのだろうか。
店長に寄り添う彼女も、彼女の隣に立つ店長も、見慣れてしまった。
今更だといえばそうであるが、当たり前すぎるその光景はいつまで続くのか。

「(……好きな、誰かが…)」

そこまで考えを浮上させ、そして留まった。
こんな考えは無駄以外のなにものでもなく、意味はないものだ。
有り得ないのならば思考を巡らせる意味もない、ただそれだけのことだ。
彼女の好きな相手は店長で、そんな店長は付き従う彼女の本心を知っているのか。
幼い頃に助けられた恩か、そこから産まれた憧れか、はたまた別の何かか。
その感情の発端を追求することは、同じく意味のないものに違いない。

「八千代ー」
「はぁ~い、杏子さんっ」

聞き慣れた店長の声に思考を現実へと戻す。
心持ち下がり気味だった視線を上げ、スタッフ通路に視線を投げた。
店長の名を嬉々とした猫撫で声で呼ぶ声と共に、店長の下へ駆け寄る姿が目に入る。
白い肌を朱色に染めた頬に触れたことはないが、きっと柔らかいんだろう。

「帰ってたのか」
「はい、買い出ししてきました!」
「ん、おかえり。早速だけど腹減ったからパフェ」
「はいっ、喜んで!」

コーヒーフィルターが切れていたらしく彼女は買い出しに行っていた。
その間に種島がホールを回し、途中から小鳥遊がやってきた。
これから忙しくなる時間帯、三人もいればホールは回るだろう。
休日と言うこともあり、これから家族連れなども入ってくるため客数が増える。
そうだ、だからシフトに入っているんだ――アイツが。

「あ、おはようございます」