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but me no buts

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 冷え切った胸元を、なにが楽しいのか、日吉のいくぶんか熱を持つ指先が撫ぜていく。
 ちらりとこちらの様子を窺うその目線が意味を含んでいることに気付き、岳人は思わず息を呑んだ。日吉は岳人の瞳の先を追い、捕まえ、穏やかな呼吸で黙って岳人を見つめる。
 かれのそういった、大人びたところをみるたび岳人はひどくさみしくなる。一歳年下のはずのこの恋人が、自分の後輩ではないような錯覚を覚える。そして汚れてしまったようにも。
 二十歳を目前にしてなお、岳人は少年というある種の思想を捨てきれないでいた。肉体については早々とさも不要なもののように捨て去ったにも関わらず。……
 しかしそういった乖離を蔑視するならば日吉もまた成年と少年の間を惑っている。…… では何であろうか、自分の目の濁りは。そして日吉の目の、滲みは。…… 目を擦る。やはり自分の目は、かつて日吉が好きだと言ったものではなくなってしまったのかと思う。
 「おまえは、」
 「何ですか?」
 「お前は、俺が変わったとか思わねえの?お前の好きな俺じゃないかもしれないとか、思わねぇの?」
 日吉がゆっくりと瞬きする。唇が乾く、と思った瞬間に、岳人の唇にまぶたに、日吉のキスが落ちてくる。
 いつもそうだ、岳人は言葉が自分の脳みそで処理される前に口から出ていく質で、日吉は言葉を飲み込んで行動する。そんなことに思い至って、自身の変化と代わり映えしない性質に少し笑いが零れた。
 「……変わってるし、変わってないと思います。でも、それだって。中学からずっと見てたからわかるんだ。アンタだけだよ。俺、どんなアンタでも好きなんだよ、自覚させないでよ」
 岳人の目元を撫でながら日吉は言う。ぽとりと言葉が腹に落ちていくようで、岳人はああ、と納得した。少年でも良いのだ。何も捨てなくても良いのだ。彼は彼の速度で、自分は自分の速度で、それでも隣で歩けたら。それはきっと汚れでも浄化でもなく日常なのだ。自分が怖かったものは非日常ではなかったか。一分一秒と更新される世界で、次の一秒を怖がっていた。自分の思い出が大切なものであるのは即ち、思い出をこの先に持って行って壊してしまうかもしれないという恐怖でもあったのだった。破壊なんてないと信じることはすぐには出来ないだろう。ただ壊れるものがあったとしても、構築してゆける限り、自分はまた隣で歩いていきたいと思うのだ。
 「日吉」
 「何」
 「おまえ、覚悟してろよ」
 「……上等」
 日吉の頬っぺたを掴んで言うと、彼は不適な笑みを浮かべる。少年のような。それでも青年の入り口のような。岳人にはそれが、新しい一秒への瞬きに見えた。


作品名:but me no buts 作家名:梓智