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お前にレモンキッス

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 会議が行われているホテルに弟を迎えに来たプロイセンは、駐車場に車を止めてホテルの入口へ向かった。ロビーには人がちらほらいる程度だ。ここで待っていればそのうち弟がやってくるだろう。
 もうそろそろ終了予定時間のはずだが、会議が踊ってしまってはいつ終わるのかなんて誰にも分からない。まさか会議中の弟に電話を掛けてどれくらいで終わりそうか尋ねる訳にもいかず、プロイセンは開いている椅子を探して腰かけた。急ぎの用事がある訳でも無い、ゆっくり待てばいいだろう。そう思いながらポケットからキャンディを一つ取り出して口の中に放る。そしてころころと口の中で転がしながら背もたれに寄り掛かった。座り心地は悪くない。
 普段なら家で大人しく弟の帰りを待っている所だが、今回わざわざ隣国まで車を走らせて迎えに来たのは理由がある。

 一週間前、弟から告白されたのだ。

 内容は夕食を作る途中で何か焦がしてしまっただとかの他愛ない事でも、内容は薄々感づいている彼の特殊性癖についてのような対処困難なものでも無い。兄弟だとか育ての親と子だとか、自分たちの関係を表す時に使う表現にもう一つ新たなものを加えて欲しいという事。つまり、思い出すのも気恥ずかしいが、要はものすごくストレートに、兄さんと恋人同士になりたいと頼まれたのだ。
 なんとも素っ気ない愛の告白に、プロイセンがJaと頷いてから一週間。目下愛しい恋人と、甘く優しい日々を過ごしている最中だ。そりゃ車を走らせて迎えに行くくらいする。
 早く終わらねぇかな、と静かなロビーでプロイセンは足をふらつかせた。ゆっくり転がしていた口の中のキャンディはもうほとんど溶けてしまった。もう一つ舐めようかとポケットから新しい包みを取り出して、掌の上に載せる。そこでエレベーターの開く大人しめな音と同時にぱたぱたという音が響いた。毛の長い絨毯で大分小さくなってしまっているが、誰かが近づいてくる足音だろう。
 終わったのだろうかとプロイセンはエレベーターの方を向く。ドアから出て来たのは、弟ではないがよく見知った相手だ。
「よう、イタリアちゃん!」
 呼び掛けると、ふわふわとした雰囲気をまとう南国の青年がこちらを向いた。弟の友人は、プロイセンの姿を認めて足早に近づいてくる。

「久し振りー。珍しいね、プロイセンが来るなんて。ドイツのお迎え?」
「ああ、そうだ。ヴェストは一緒じゃねぇのか?」
「書類まとめてから帰るって。そんなにかからないって言ってたからすぐ来ると思うよ」

 そうか。プロイセンはイタリアに礼を言うと軽く天井を眺める。何階にいるか知らないが、お兄様が待ってやってるんだからとっとと来いよヴェスト。
 ここまで来たのは、ただのお迎え以外にもう一つ理由があるのだ。わざわざ遠く車を走らせ隣国くんだりまで来てやったのだから、その目標は達成しなければならない。家を出た時の決意を改めて心中で復唱すると、プロイセンは絨毯を踏みしめてエレベーターが開くのを待つ。けれど出てくるのは他の国ばかりで目当ての相手はなかなか現れない。

「じゃあねプロイセン」
「なんだよ、一緒に待とうぜイタリアちゃん!」

 用事があるのか先にホテルを出ようとするイタリアにプロイセンはハグを送る。イタリアがごめんねーとプロイセンの腕の中で困ったように笑った。
「せっかく会えたのに寂しいぜ!」
 どうせ弟はなかなか姿を見せてくれない事だし、せめて彼を入口まで見送ろうかとプロイセンはイタリアを仕方なく離す。その時プロイセンが手の中に握っていたものが絨毯の上に落ちた。それに気付いたイタリアがひょこりと身軽に屈む。キャンディの包みはイタリアに拾い上げられると、プロイセンの掌の中にころりと戻った。
「落としたよー」
「ダンケ、イタリアちゃん」
「なんか意外、こういうの持ち歩いてるんだね」
 イタリアがプロイセンの掌を見て少し驚いたような顔をする。長い付き合いなので甘いものが好きな事くらい知られているだろうが、確かに剣を握っている印象はあってもキャンディを持ち歩いている印象はあまり彼の中には無いだろう。

「レモンキャンディ」

 そう言ってイタリアがくすりと笑う。からかっている訳ではなく、単に少し面映ゆいものを見たというような表情だ。カッコ悪い所を見られたようなバツの悪い気持ちで、プロイセンは包みをポケットの中に仕舞いこむ。
「ファーストキスの味って言うよね」
 そう言ってイタリアが明るい笑みでプロイセンを見上げた。一応船乗りの壊血病予防に重宝された果物だったり、熱病等の治癒などに使われた果物だったりもするのだが、イタリア男の口から一番に出てくるのはそれのようだ。彼らしいといえばらしいが、心の中で考えていた事を見透かされたようでプロイセンは僅かにたじろいだ。
「じゃあね」
 イタリアはプロイセンの不自然な反応には気付かなかったらしい。ホテルの入口から数歩離れるとそこで振りむいて手を振った。手を振り返してイタリアを見送ると、プロイセンは元のロビーに戻る。ポケットの中のキャンディを確かめた。エレベーターを見ても開いた扉から出てくるのはやはり知らない人。弟が来る前にもう一つ食べてしまおうかと少し悩む。

「……」

 悩んで、プロイセンはエレベーターを睨みつけた。不運にもそのタイミングでドアからロビーに降りた男に怯えたような目をされてしまう。
 要は、プロイセンはドイツとキスがしたい。
 恋人同士となって少しばかりスキンシップが増えたが、それくらいで特にそれらしい事は全くしていない。ハグや頬へのキスならしているが、それは今までだって毎日のようにしていた事だ。出来ればそれ以上の事がしたい。
 マニュアル的に言ったら付き合い始めて一週間やそこらで手を出すなんてマナー違反だという所だろう。弟の思考はきっとそうだ。けれど何せこの一週間、一緒に暮らしているのだから当然だが、朝も晩も顔を合わせて一緒に食事を取ったり風呂上がりにソファで弟のムキムキな体に寄り掛かってテレビを見たり壁一枚隔てただけの隣室で眠ったりしている訳だ。その状況下で今までじっと黙っているのは正直言って健康に悪い。
 そしてたまに自分を見つめる弟の目に、いつもと違う火が灯る。何せ彼が生まれた頃からずっと見続けているのだ、おそらく同じ事を思っているのだという確信はある。来るか、と心臓を高鳴らせるが、けれどその度弟は気持ちを切り替えるように一旦ぎゅっと目を閉じ、何でも無かったような顔をした。
 後はマニュアルにまだダメだと書いてあったか、彼にまだ覚悟が足りないか、どちらかだろう。
 マニュアル思考の彼を混乱させるのも可哀想だし、覚悟を決めている最中なら告白する前にきちんと決着付けとけよと言いたくもあるがまぁ待ってやるのが大人の対応というものだろう。という訳でしばらく弟の行動待ちに徹していたプロイセンだが、そろそろ面倒になってきた。

 今日はキメる。
作品名:お前にレモンキッス 作家名:真昼