七時間戦争
言って、彼女がしょぼんとするので、なにこれ勝っても負けてもこの子が得するゲームなのこれ、と思う。そうであっても不思議はなかった。ルールなんて、たいてい決めた方に都合が良くなるものだ。けれど、ふつうは脱衣を嫌がるのは女の子の方じゃないかな、とか。ふつうを語っても意味はなかったりするのだけれど。とりあえず、取り戻した服を身につけた。
二回戦。折原臨也が親になったので、さらりと仕込んで負けないようにカードを配分した。恋人が恥ずかしがるまでの道のりが遠く、自分の賭け金が足りないので、なだめすかして秘密をふたつかけさせる。予定通りに折原臨也が勝って、レッグウォーマーとニットのキャップが移動。
「さて、秘密をひとつ」
うぐぐぐぐ、と折原臨也の恋人が唸る。暑いからという理由だけでなく、だんだん顔が赤くなった。愉快愉快。あははは、と快活に笑って、恋人に詰め寄る。まあ、ジャブからどうぞ、と。
「……っさ、」
「『さ』?」
「さっきまでノーパンでした……」
ジャブがものすごい破壊力だった。べしょ、と折原臨也はテーブルに突っ伏した。
「なんで!」
「波江さんが、パンツはかないと立ち居振る舞いがきれいになるって………」
もしょもしょとつぶやく恋人が真っ赤で、かわいらしい。
「ね、それだけ?」
「ふあ?」
「それだけ?ねえねえねえ」
ふ、ふぐうううう、と唸ってばしばしと手を振り回す恋人に、いつもこんなふうだったらかわいいなあと思いつつ、そうしたら飽きるか、と思いとどまった。ここらへんのさじ加減があるので、折原臨也の恋人は、あいかわらず折原臨也の恋人だった。よしよしよし、と撫でながら、じゃあもうひとつどうぞ、というとおにあくまひとでなしばかばかばか、と罵られた。かわいい。
「この前青葉くんにほっぺにちゅーされました」
「よし、あのガキ殺そう」
「もう正臣と園原さんにボロ雑巾にされましたが」
「でも、殺そう」
「ひとごろしはだめですよー、はい三回戦―」
まあ、さすがにこれだけ賭け金があればいいかな、と思ったら惜敗。次ぎでまた取り返して、秘密を言わせてにやにやして、と繰り返す。残念ながら折原臨也の秘密は何一つとして恋人の手にはわたっていない。こうなると、やはりこの脱衣ポーカーとやらはブラフのひとつか。あるいは、折原臨也を脱がせたかっただけか。そうして、十回戦にするころには、折原臨也は恋人の秘密をだいぶ言わせて、ジーンズを死守しているかたちになった。恋人は真っ赤でふうふう息をついている。もうやめましょうよううううう、とほとんど泣きながら言った。わかった次が最後ね、と言いながら、折原臨也が親だったので、にこにこと、カードを仕込んだ。これで安全圏だ。
毛糸のパンツいちまい、とうううう、と呻きながら恋人が言う。さて、とジーンズ賭けた。
折原臨也がドローをして、手元にそろったのはスペードのフラッシュだ。恋人の手札は、Kを二枚とJを二枚、5が一枚となるようにしておいた。おあつらえむきに。
うううう、と呻いた恋人は赤い顔のままでドロー、五枚、とすべての手札を捨てる。五枚引いたあとに、むううう、と呻いた。ほんの少しの嫌な予感。一番上の一枚以外、一切札の操作はしていない。彼女の手札が予想できなくなった。ふつうに考えれば、五枚取り換えたとて、そうそう役はそろわない。けれど。
「レイズです!最後です服をぜんぶ賭けます!」
真赤にしてやぶれかぶれに叫ぶ。そうして、着膨れしていた洋服を全部取り払って、ああすずしいとでも言いたげにスカートとキャミソールにチュニックと夏の装いになった。もう、脱ぎたかっただけらしい。
「コールできないんだけど」
「いいですなんか特大の秘密ひとつかけてください臨也さん!じゃなきゃパンツ!」
「………パンツどうする気」
「………ないしょです」
そこで視線をそらして恥じらうな。
「秘密の方で」
「パンツがおすすめです!」
「秘密の方で」
むう、と恋人は不満げである。自分のパンツをいったいどうする気なのだろう、と不安になった。
「じゃあ、ショウダウンですね」
ふてくされながら言った恋人の手札を見て愕然とする。Qが三枚にAを二枚。フルハウスだ。残念ながら、フラッシュよりはフルハウスの方が強い。
「ああ……。パンツかけてくれれば良かったのに」
「ねえみかどくん。そろそろ黙らない?」
残念そうな恋人に、じゃあ、と言われてぎくりとする。
「秘密の方ですね」
そう言った。恋人がそう言った瞬間に折原臨也はすべてを悟った。今回は、ブラフではない方だ。脱衣ポーカーもパンツも秘密もすべて囮か。折原臨也の恋人は、自分の秘密さえ材料にしてここまでの道のりを偶然と装ってみせた。それとて、演技ならば見抜けるのだから、本気だろう。ここに至るためだけに、ノーパンで過ごし、青葉にキスをさせ、パンツパンツと連呼した。彼女はいったいいくつの伏線を張ったのか、数えきれない。やってくれる。だらり、と適温に保ってあるはずの室内で頬を汗がつたう。
折原臨也は自分の迂闊さを噛みしめた。はじめるときに、彼女はなんと言ったか。『甘楽さん、脱衣ポーカーをやりましょう』甘楽さん、と折原臨也のことを呼んだ。臨也さん、よりも折原さん、よりもなお遠い。明確な意思表示だった。そうして、最後の警告だった。けれどほとんど魔女裁判だ。逃げたら、有罪だったのだろう。そうして、逃げなくても結果はこうである。もしかして、クーラーをつけさせなかったのも、注意力を下げるためか。らしくもなく、くだらない手にひっかかったものだ。
ふふふ、と素朴に、純朴に笑った恋人を見て逃げ場がないことを悟る。折原臨也の恋人、竜ヶ峰帝人は口を開いた。
「さて、臨也さん。先月の27日の夜、静雄さんと、僕に言えないような何をしていたのか、言っていただけますよね?」
さて、本日、恋人に会ってからはや五時間が経過した。
折原臨也が気づかないうちに、はじまっていた戦争は、まだ、継続されるようだ。
>『雀から食い荒らして』のつづきだったりして。