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篠原こはる
篠原こはる
novelistID. 11939
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こんなつもりじゃなかったんだよ

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硬質で静かな色が帝人を映している。痛んでいるんだろうか、光が当たると金色の髪の毛は更に煌めいて見える。熱い吐息を零す唇は先程まで自分の唇を塞いでいた。長い指は力加減はしているのだろうけれど、確かな拘束力をもって帝人を床に縫い付けている。
いつも見ていた彼の全てが自分に向かっているという現実が夢のようで、心のどこかでそれを喜んでる自分がいる。この状態を嬉しいと思う感情が正しいのか、判別は帝人にはつかない。


「お前のこと見てると、」

「う、ん……」

「どうしようもなくなるくらいに、我慢、できなくなる」


え、という形に開けたまま固まってしまった帝人を見て、静雄は困ったように笑ってそのまま唇を汗の伝う米神、頬、首筋に寄せた。可愛らしいリップ音がしたと思えば、次の瞬間には痛みがその場所を突き抜ける。始めに痛みを感じたのは首筋を舐められて、鎖骨を吸われたあたりだ。
思わず声が出てしまい、とんでもない羞恥に襲われた。茹だるような暑さの中、これ以上のないほど頬が熱い。けれど、撫でられた手のひらの熱さもさることながら、なにより彼の唇が一等熱かった。


「りゅうがみね」

「う、……あ」


耳元で掠れた声を聞いた。


「竜ヶ峰……、どうしようとまらない」


その言葉で体中の力が抜けてしまった。
張り詰めた心はそのままに、抱き寄せられて痛いくらいに抱きしめられる。痛いと小さく洩らすと、今度は冗談みたいに優しく優しく触れてくる指先に意識を失ってしまえそうだと思う。優しさが宿った腕と手のひらは同じような仕草で張り詰めたままの帝人を、静雄は何度も解放した。中途半端に脱がされたシャツは汗で肌に張り付いて気持ちが悪い。暑さで脳がうまくまわらないんだ、と言い訳のように自分に説いて瞳を閉じた。


「ん、……っ、」


二枚の皮膚の間に温度と湿度が生まれて、教室の温度が上がった気がした。二人がいる場所が学校の、教室だなんて忘れてしまえるほど帝人の頭の中はぐちゃぐちゃになっていく。静雄と静雄の手のひらに煽られて、懇願しそうになっては歯を食いしばる。訴えるように擦りつけられた。濡れた音に怖くなって顔を背けると、あつい手のひらが頬を掴んで向き合う形で覗き込まれた。こんな快楽はしらない。もう、視覚を遮断するほか帝人に術は残されていなかった。
身体に火がついたみたいに、熱くて熱くて目の前の彼のことを考えたくても考えられない。
何がいつどうなったのか、途中でわからなくなってしまった。
いつも見ていた彼の、あつい手のひらと唇と、触れた身体は帝人をひどく喜ばせて戸惑いを残す。

(ああ、僕……このひとのなにを、見てたんだ)

熱に浮かされたように最後に勇気を振り絞って彼の名前を呼んでみた。


***


窓から差し込む痛みを伴う陽射しは、まだ健在なようだ。徐々に太陽の力は弱まるだろうが、まだまだ日は長い。外から聞こえる蝉の声も何重にも重なり耳につく。なまぬるい風が帝人と静雄の頬を撫で上げ、不快感で表情は歪んだ。
張り付いたシャツは無用のように思えてならなかったけれど、直すような気力さえ残されていない。流れ落ちる汗もそのままに、傍で項垂れている静雄を見た。


「平和島くん」

「……っ」


詰まることなく呼ぶことができたが、少し掠れた音が出てそれに反応した静雄は肩を跳ねさせた。
視線を向けても絡むことはなかった。


「こういうとき……なんていうか知ってる?」

「わ、わるい……っ!ホントに、本当に悪か…ッ!!」

「違うよ」


引きずるようにして床に座れば、気遣うようにそっと距離を詰められる。さっきまであれほど触れてないところなどないみたいに触れていたくせに、今は一定の距離を保って帝人には一切触れようとしない。繰り返す謝罪を打ち切るように強く言葉を発した。
伸ばされないのならば、こちらから伸ばせばいいのではないだろうか。
重たい腕を緩慢ながらも静雄に伸ばした。優しく触れてくれたように、同じように触れているのかどうか帝人にはわからなかったけれど、できるだけ同じように。
伝う汗が手のひらにも伝ったけれど、訳もわからず愛しくなって口許を緩めた。一度、瞳を伏せる。開けた瞬間に見えるだろう、帝人が見てきたあの硬質で静かな色を灯す瞳を正面から見れるように。
そして、彼に伝えたいことがあるので。


「わかんない?」

「――許して、くれとは思わない……けど、」

「……許さないって、僕が言ったら……どうするの?」


彼は黙ったままだったけれど、何となく二度と帝人は静雄の姿を見つめることができなくなる予感がした。
そのときに走った動揺を説明できるなら、彼にしたいと思う。こんなにしておいて、いなくなる予感はきっとあたる。そちらの方が許せない。
光を受けて煌めく金の髪とか。
静かで硬質的な瞳とか。
吐息を零す唇とやさしく触れる指先とか。
思いのほか、表情豊かなこととか。
もっと見てみたいと思ってしまったのだから、仕方ないのだと帝人は自分に言い聞かせた。

だから。



「――好きっていってよ」


そうしたら、許してあげる。