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カノン

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俺の家は代々、犬神家の庭師として生活してきた。俺も高校を出てしばらくは親父の許で修行してから庭師になるのだと幼い頃から思っていた。他の選択肢などあろうはずもないしそれが当たり前だと思っていた。
しかしその日は存外に早くやってきた。親父が道具の整備のため馴染み業者に顔を出した帰り、脇見運転のトラックに轢かれて死んだ。つい数日前に俺の高校卒業を喜んでいた親父は、目の前ですっかり仏さんになっちまったような安らかな顔で横たわっていた。

「大五郎さん」
背後からの声に振り向くと、奥様と了子お嬢様が立っていた。
「気づきませんで、失礼しました」
胡坐から正座に座り直して頭を下げると、奥様は静かに微笑まれた。
「いいのよ。それより昨日から火の番お疲れ様。一人でずっとはお辛いでしょう、誰か代わりを遣りましょうか」
「ありがとうございます。でも、いいんです。明日にはどうせ灰になっちまうんだし、たった一人の身内がしてやれることなんてこのぐらいです」
お袋は俺が小さい時に死んで、ずっと父一人子一人の生活だった。他に付き合いのある親戚があるわけでもなく、育ててきてもらった恩がこれで返せるとも思っちゃいないが、どうせ横になったって眠れないんだ。
「それより奥様、今回の葬儀、何から何までお世話いただきまして本当にありがとうございます」
住まいが犬神家の敷地内だからとは言え、親父が残した金がいくらあってどうすれば手元に来るのかもさっぱりわからない俺のために、旦那様と奥様が葬儀の手配から作法から全て助けてくださった。だから俺のできることなんかせいぜい火の番くらいしかない。
「何を仰るの、伊佐美さんのおかげでうちの庭はとてもきれいだと評判だったのよ。これくらいのことはさせてちょうだい」
気遣うように微笑む奥様の横で、お嬢様も心配そうな表情をなさっていた。
「大五郎さん、決してご無理はなさらないでね」
お優しく賢く、お美しいと評判の了子お嬢様。そのお嬢様の表情を陰らせているのが今の俺の様子だとしたら、親父はなんと言うだろう。
『バッキャロー、俺らはご家族に仕えお守りするのが務めってもんだ。お心煩わせてどうすんだよ』
親父ならきっとそう言うだろう。『ご家族に仕えお守りするのが務め』そう口癖のように言ってきた自分が死んじまってお心煩わせてりゃ世話はない。
「ありがとうございます。奥様もお嬢様も、もう夜遅いことですし、どうぞおやすみくださいませ」
再び頭を下げると、お二人は親父に手を合わせてから母屋にお戻りになった。なおも心配そうな表情のお嬢様になんとか微笑みを作ってみたものの、そんなに心配されると俺はどれだけひどい表情をしているのかと逆に心配になる。
『しけたツラしてんじゃねえよ。それより、俺の代わりにお庭は頼んだぞ』
苦虫噛み潰したような表情で写った遺影の親父がそう言っているような気がした。

それからはとにかく一生懸命、というより死に物狂いだった。高校で園芸科に通っていたし休みの日には親父の手伝いをしてきたが、だからと言っていきなり自分がすべて切り盛りできるかと言ったらそうはうまくいかないものだ。親父が美しく刈り込んだ庭木や芝生の伸びを修正するくらいが精一杯で、目敏い客人が
「なんか庭の様子が前来た時とちょっと違うねえ」
なんて言っているのを聞こうものなら今すぐその客人の前に土下座して額擦り付けて謝りたいような気分になった。客人にも犬神の家の皆様にも亡き親父にも、ひたすら申し訳ない気持ちを抱えながら日々を過ごしていた。

そんなやるせない日々も、数年後には喉元過ぎてどこへやら。親父と肩を並べるとまではいかないまでも、いっぱしの庭師としてやっていると思えるようになったある日のこと。
「大五郎さん、私の部屋の前の木のことでご相談したいのですが」
そう仰る了子お嬢様の手には二つ折りの紙があった。
「今度学校の仲のいいお友達をお招きするの。大広間から見える所だとお父様やお母様に怒られそうだけど、私の部屋の前をちょっとの期間だけならお目こぼしいただけるかと思って」
そういって俺に見せた紙には丸っこいキャラクターが描かれていた。
「バボアちゃん、ですか」
「ええ、インハイ前にみんなに笑ってほしくて」
お嬢様は学校でバレーボール部のマネージャーをしている。本当はプレイヤーになりたいと熱望していたのだが旦那様や奥様の厳しい反対にあってのことだ。しかし部を愛する気持ちがプレイヤーのそれに劣っているとは俺は思わなかった。
問題のバボアちゃんと言えば、ぼってり丸いように見えてなかなか植木で再現するには厄介な造形だ。幸いお嬢様の部屋の前にはそこそこ大きく丸い木があるが、俺がこれを上手く伐れるのかどうか。お嬢様のキラキラした目を前に出来ないとも言えない。
「やってみます」
「本当? 嬉しいわ、ありがとう。大五郎さん大好き!」
さらに目を輝かせたお嬢様は俺の手を両手で握ると軽い足取りで自室へとお戻りになった。突然のことに思案しながらも、指先に残されたお嬢様の細くそしてわずかに温かい手の感触を裏切るわけにはいかなかった。

約束の日、お嬢様のお部屋からご学友の声が俺の耳に届いた。
「すごい、バボアちゃんだ!」
「さすが犬神家、庭師も一流か」
「こんな凝ったことしてくれるなんて、プロの庭師さんってすごいね」
「そうでしょう、家の、いいえ、私の自慢なの」
お嬢様の誇らしげな言葉が聞こえて嬉しくなり、よっしゃ、と小さな声で呟いた。作業の手を止めてお嬢様の部屋の窓を見ると、ちょうどお嬢様の肩を抱くように促す男子学生が見えた。晴れがましい気持ちは一転、うちのお嬢様になんだ馴れ馴れしい、と面白くない気持ちになった。
「あら、三國のお坊ちゃんだ」
突然の声に振り返ると、女中のキクさんがそこにいた。
「三國の坊ちゃんって、確かドイツに留学してませんでしたっけ」
「そっちはご長男よ。今いらっしゃるのは次男の方。確か黒曜谷の男子バレー部キャプテンじゃなかったかしら。了子お嬢様は一人っ子だからお婿さん候補になるんじゃないかってもっぱらの噂よ」
「そうですか。ところで、キクさんこんなところまで何の御用で」
「あらやだ忘れてた、これ、うちの方に間違って届いてたから渡しに来たのよ」
郵便はたいていお屋敷にまとまって届くから振り分けミスか、と封書の裏を見ると、そこには名前を見るの自体十年以上ぶりの親戚の名前が書かれていた。
作品名:カノン 作家名:河口