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カノン

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夏が過ぎ秋を越え、俺は今月何度目かの外出を終えて犬神家の屋敷に戻ってきた。
先だっての親戚からの手紙は、親父の逝去を知らなかった詫びと共に俺への縁談の勧めが記されていた。親父の他に家族もいない身を気の毒がってくれるのも非常にありがたかったが、
『年頃のお嬢様がいるお屋敷でいい若いもんが独り身で住み込んでいるのはあまり喜ばしいことではない』
とも書かれていてありがたいような余計なお世話なような気にもなった。
要するに俺は疑われているのだ。箱入りのお嬢様を騙して誑かすような人間に見られてもおかしくはないぞ、と言ってくれるのが碌に付き合いのなかった親戚だというのが何とも滑稽だ。
しかしそれが却ってその縁談に乗り気にさせる要因になった。だったらとっとと身を固めて疑われることなんかないようにしてしまえばいいのだ。

旦那様に縁談の経緯をご報告すると、婚礼についても後ろ盾になってくれるということで本当にありがたいという以外なかった。式は年明け以降、立春頃の予定で、と言うと旦那様は奇遇だ、と笑った。
「了子も高校を卒業次第結婚させるんだよ。幸い相手も長男ではないし、犬神の家に入っても構わないと言ってくれているのでね」
夏前に窓辺にいた顔を思い出した。きっと三國の次男坊という人が相手なのだろう。三國家との繋がりが一層強くなればお家も安泰だ。
それはきっと、お嬢様にとって、そしてこの家に仕える俺達にとっても良い選択のはずだ。
旦那様のお部屋を辞して自分の住まいに戻る途中でお嬢様に行き会った。会釈をして通り過ぎようとして俺の腕をお嬢様が勢いよく掴んだ。
「大五郎さん、ご結婚なさるって本当なの?」
「ええ、でも今すぐじゃありませんよ。式は年明けて2月になる予定で」
「どうして!?」
「どうして、と言われましても……」
お嬢様のご様子がおかしいことに俺はようやく気が付いた。お嬢様は穏やかな方で、こんな廊下で大声を上げるようなことはなさらないはずだ。それに俺を見つめるこの目は、その、俺としたことが自意識過剰だと思うんだが。
「お嬢様もご縁談がおありとのことで、おめでとうございます。俺も身を固めてからも一層真面目にお仕えしますので」
お嬢様の手をほどき、一礼して再び歩き出した。
「大五郎さん!」
お嬢様の声が背中にぶつかったが俺は聞こえないふりをして歩いた。声は聞こえないしお嬢様の表情の意味も俺が考えているようなことではないのだ。そんなことが、あるわけがない。

時は流れ、俺の結婚式まで十日を切った夜のことだった。
住まいで寝ていた俺は、戸を叩く音が風以外のものであると気づいて戸口に近づいた。
「大五郎さん、了子です。開けてください」
「お嬢様?」
驚いて戸を開けると、ネグリジェの上にガウンを羽織っただけのお嬢様がそこに立っていた。
「お嬢様、そんな寒い恰好で」
「入れてください。寒いんです」
俺は渋々お嬢様を中に入れた。
「汚い所ですいません、今お茶を入れますんで温まったら――」
湯を沸かそうと流しに立った俺の背中に冷たく柔らかいものが触れ、細い腕が俺の胴に回された。お嬢様に抱きつかれていると気づくと、俺はそこから一歩も動けなくなった。
「お嬢様、冗談はいけません。本当ならお嬢様がここにいることだっておかしいんです」
「そうよ、私おかしいの」
お嬢様の声は今まで聞いたことがないくらい切羽詰ったような響きで俺の耳を打った。
「こんなに何もかも捨ててしまいたいと思ったことはないわ。あなた以外は何もいらない」
「お嬢様」
たしなめるように言って、回された手をほどくためそっとお嬢様に触れた。
「お体の具合が悪いんならお医者に診てもらってください。庭のこと以外で、俺に出来ることなんざなにもありません」
触れた手を掴まれるや否や、お嬢様はくるりと俊敏な動きで俺の前に回ってきた。
「あるわ。大五郎さんに出来ること」
左手で俺を捉えたまま、右手だけでガウンの帯をほどき、ネグリジェの胸元に手をかけてお嬢様は熱の籠った目を向け囁いた。
「一度だけでいいんです、私を抱いてください。好きなの、大五郎さん」
ああ、お優しく賢く美しいお嬢様。やっぱり俺に出来ることなんかないんです。俺に出来ることはきっと、お嬢様を黙ってお部屋に帰して差し上げることだけだ。その他の事はできない。
いや、してはいけない。
お嬢様に掴まれていた手を振りほどき、その場で手をついて畳に額を擦り付けた。
「お嬢様、どうかお部屋にお戻りください。お願いです、お嬢様」
しばらく沈黙が流れた。
「わかったわ」
低く、絞り出したようなお嬢様の声に、よもや泣かせてしまったかと顔を上げると、お嬢様は唇を噛み、今にもこぼれそうな涙をぐっとこらえながらその場でガウンとネグリジェを脱いで足元にすとんと落とした。
「主人の命令です。私を抱きなさい、千石」
口調とは裏腹の哀願だった。
これ以上は却ってお嬢様を辱めることになる。それさえも俺の中の言い訳で口実だったのかもしれない。その言い訳に流されて、差し伸べられたお嬢様の白く細い指に、俺はそっと口づけた。

そしてその晩、俺はお嬢様を抱いた。凍えた体が腕の中で温っていくのを感じながら、うわごとのように呼ばれる俺の名に急き立てられるようにお嬢様の体を貪った。繰り返される俺の名をそれ以上呼ばないように唇を塞いだ。
一度きりの夜だった。
作品名:カノン 作家名:河口