カノン
俺は結婚から2年後子宝に恵まれた。その1年後、結婚なさった了子お嬢様、いや、若奥様にもお嬢様が生まれた。
俺の息子、雲海は俺に似たんだかカカアに似たんだか、やたらと丈夫なガキに育ったが、その1歳下である鏡子お嬢様はお体が弱く、やれアトピーだなんだと大変なご様子だ。幼いうちから入退院を繰り返されているご様子は見るに忍びなく、せめて、と庭からアレルゲンになりそうな植物を別のものに入れ替えた時は大旦那様ご夫婦にも若旦那様ご夫婦にも大層感謝された。
「お手間かけました」
そう言って頭を下げる若奥様はすっかり母親の顔をしている。
一番いい道を選んだのだ。俺も、もちろん了子お嬢様も。
「とうちゃーん」
この間買ってやった子供用のバレーボールを手に雲海が住まいに戻ってきた。
「おう、どこほっつき歩いてたんだよ」
「庭だよ。裏庭で遊んでたら間違って開いてた窓ン中にボールが入っちゃってさー、拾ってもらった」
「誰に」
「キョーコ。包帯ぐるぐる巻きだけどキレーな目してた」
一瞬ドキッとしたが、すぐに思い直して雲海に拳骨をくれてやった。
「いてえ、なにすんだよ」
「バッキャロー、おめえが呼び捨てに出来るような人じゃねえんだよ鏡子お嬢様はよ」
「だってあいつが呼び捨てにしろって」
「お嬢様がどうしてもってんなら別だが、本当ならおめえがおいそれ近づけないような方なんだよあの方は」
胸の中によぎるかつての思い出とわずかに走る苦味とを呑み込んで、俺は何度目になるかわからない話を雲海に語り始めた。
「いいか、鏡子様は大事な大事な犬神家のお嬢様なんだ。お守りすることはあっても決して汚しちゃなんねえよ」