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痛いほど鮮やかな

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「じゃあね、なるほどくん!」
電車のドア越しに手をふる真宵。そんな真宵を乗せた電車が完全に見えなくなるまで見送ると、成歩堂は御剣の方に振り返った。
「じゃあ、行こうか‥‥御剣。」
御剣は小さく頷いた後に少し哀しげに笑う。
「‥‥彼女は気丈だ、な。」
真宵は今回の事件で母親を亡くした。御剣はきっとそのことを言っているのだろう。‥‥同じように親を亡くした者として。
「真宵ちゃんは、強いよ。」
薄暗い駅の電灯を見上げると成歩堂は呟く。御剣も同じように薄寒い光を投げ掛けている電灯を見上げた。
「私も、もっと強ければ良かったのに、な。」
独り言のようにそう呟くと、御剣は改札に向かって歩き出す。内房線の車両が駅のホームに滑り込むと、瞬間的に巻き起こされたつむじ風が御剣のスーツを翻す。
「待ってよ、御剣!」
御剣を追って改札口を抜けると、雪が降り始めているのに気がついた。無言で空を見上げている御剣に追いつく。
「キミも、強いよ。」
「嘘を言うな。」
そんな思ってもいないことを、と付け加えて御剣は自嘲気味に笑う。
「嘘なんかじゃないよ。」
(それでも検事であることにしがみつく、私のなんと無様で醜いことか。)
いつか、キミはそう言った。きっと御剣は幼い頃、弁護士を目指していた自分の方が立派だったと思っているのだろう。
――――けれど、ぼくはそうは思わない。
「ぼくの目には一生懸命検事をやってる今のキミの方がよっぽどカッコ良くて魅力的にみえるよ?」
「‥‥父親の死も、乗り越えられないのに、か?」
「‥‥乗り越えちゃ、いけないんじゃないかな。」
「?」
真宵は、笑っていた。でも、アレは押し隠した笑顔だった。哀しみと寂しさと辛さを胸の奥に押し隠した‥‥そんな笑顔だった。
「真宵ちゃんも、乗り越えてはいないと思う。無理矢理笑っているんだ。」
「無理矢理でも、笑えるならば、良い。キミも私の本当の笑顔など、見たことがないだろう。」
成歩堂と御剣はほとんど人のいない駅前通りを肩を並べて歩く。時刻は既に12時をまわっていた。
「確かに‥‥。」
確かに、御剣が本当の笑顔で笑うことはかなり稀だ。御剣の傍にいる成歩堂でさえ、あのセピア色にあせてしまった写真の中でしかお目にかかったことはない。いつも笑顔は自嘲気味なものか、法廷でするようなヒトを見下したようなもの。
‥‥でも、それでも構わないと、思った。
「‥‥無理矢理笑うくらいなら、泣いてくれた方がマシだよ。」
そんな笑顔を目にしたら、どうして良いか分からなくなるから。‥‥思い切り泣いて、抱きついてきてくれた方が、抱き締め返せるだけ、まだマシだ。
「それにそれでも構わないと思ったから、ぼくはキミを選んだんだ。」
駅前通りを外れて、人気のない路地に入って来たのを良いことに、成歩堂は論点をすり替えて、御剣を抱き寄せる。こうなってくるともう、真宵の強さや御剣の弱さなどはモンダイではなくなってくる。
成歩堂はキッカケを作ってくれた真宵に密かに感謝する。
「‥‥好きだよ、御剣。」
しかし、次の瞬間、思いの外強い力で押し返されて、成歩堂はよろめく。今まで成歩堂が見たこともない御剣の視線がそこにはあった。
「‥‥御剣?」
「‥‥他の女性のことを考えながら、私に触るな。」
(他の女性‥‥。)
すぐに“葉桜院あやめ”を思い当たる。たまたま考えていたことは、否定出来ない。
「御剣‥‥。」
抱き締めようと再び手を伸ばすと
「触るな!」
白い息を吐きながら、御剣が睨む。その目は涙で潤んでいる。街灯の光で、御剣の肌はいつもより白く透き通って見えた。僅かに茶の入る黒髪に白い雪が少し乗っているのも、鮮明に分かる。
「何年の付き合いだと思っているんだ!龍一のことくらい‥‥‥‥!」
御剣は成歩堂のことを滅多に呼ばない名前で呼んだ。
「――――雰囲気で、分かる。」
御剣の言っていることを理解して、成歩堂は頬を染めた。成歩堂のことを理解するのに、表情は愚か、目線も声もいらないと言っているのだ、御剣は。
(‥‥本当に可愛いんだから。)
正直こうなるともう敵わない。先程から御剣を家に泊めたい気持ちで一杯だ。
「やはり‥‥私は弱いオトコだ、成歩堂。」
御剣はうつむいて続ける。
「キミが想いを寄せた、というヒトを知って以来‥‥キミの心変わりが怖くて、夜も眠れないのだから。」
(心変わりなんか、してないのに。)
きっと、今の御剣には言葉だけでは足りないのだろう。あやめが普通の女性より美しかった、ということも拍車をかけているに違いない。確かにあやめのことを考えていなかったと言えば嘘になる。
でも今の成歩堂にとっては、御剣の方が愛しすぎる。
さて、かけられた疑いを晴らして、身の潔白を証明するには、どうしたら良いか。‥‥答えはそう遠いところには無かった。
「御剣‥‥これ、持って?」
恐る恐る手を伸ばした御剣に成歩堂はそれを握らせた。御剣の顔色が瞬間的に変わる。
「‥‥さいころ錠、か。」
「ん?さいころ錠?」
(ナニを言ってるんだろうな、御剣は。)
たまにある意味の分からない発言をしている御剣はさておき成歩堂は続ける。
「‥‥ぼくが好きなのは、御剣怜侍ただ一人。‥‥心変わりなんてしてないよ。」
自分で言っていても恥ずかしくなるような台詞を口にして、成歩堂は御剣に尋ねた。
「どう?‥‥ロックでた?」
御剣はふるふると首をふる。
「信じて、もらえた?」
今度は首を縦にふる。
こんなに感情の伝わる証拠をきっと御剣は知らない。
しかし、それでもうつむいて黙っている御剣の表情を良く見ようと成歩堂は御剣の顔を覗き込む。涙が頬を伝っていた。
「御剣?」
その言葉をキッカケにして御剣が成歩堂に抱きついてくる。御剣は成歩堂の肩口に顔を埋めて、呟いた。
「‥‥成歩堂。」
「ん?」
いつになく積極的な御剣に少し狼狽えながら、成歩堂は聞き返した。
「これから先、ナニがあっても心変わりしないと言えるか?浮気しないと誓えるか?」
成歩堂への疑いと不安を押し隠して笑顔でつきあい続けられると、どうして良いか分からなくなる。今みたいに、思い切り泣いて、抱きついてきてくれた方が、抱き締め返せるだけ、まだマシだ。成歩堂は御剣の背中に手を回した。
「当たり前だよ。‥‥どうしてそんなに不安になるの?ぼくとあやめさんがイチャイチャしてた?」
また泣きそうな顔で御剣は口を開く。
「キミが私に一秒でも、好きではないのではないかと疑わせたことはない。」
いつか玄関先で話したときは頷くのに精一杯だったその言葉を御剣は素直に口にしてくれる。
「けれど、きっと‥‥私はキミが好きすぎるのだ、と思う。だから、一層不安になるのだ。‥‥今、こうして抱き締められている時でさえ‥‥。」
御剣がより強くしがみついた。
こんなに感情の伝わる行動を、きっとぼくは知らない。
「キミがどこかに行ってしまわないか、疑ってる。」
「‥‥仕方がないよ。検事は疑うのが仕事なんだから。」
きっと御剣は幼い頃から検事の世界で生きてきた。‥‥そうするしかなかった。‥‥でも、それは御剣を覆っているだけで、本当のキミは違う。
――――そして、ぼくだけはそれを知っている。
作品名:痛いほど鮮やかな 作家名:ゆず