Double Stars
成歩堂はぐしゃぐしゃの御剣の顔を拭うと、笑った。
「今日、七夕だったって、御剣知ってる?」
「いや‥‥記憶に無かった。」
「だから、ぼく、短冊にお願い事を書いてきたんだよ。」
「なんて?」
成歩堂は空を見上げた。その厚い雲の上に、ベガとアルタイルが見えているかのように。そう、一年で今日しか会えないのに、この天気だ。
――――織姫と彦星は会えない。
「いつまでも、キミと同じ世界にいられますように。」
「‥‥‥‥。」
「キミがこの世からいなくなっても、ぼくの世界から、キミはいなくならない。‥‥その面影だけは、残るんだ。だから、ぼくはずっと憧れていたんだ。いつかキミが一人で旅立つ、その先の世界に。」
(――――そういえば。)
会うのは一年ぶりだったな、なんて思い出す。一年間、御剣は成歩堂と違う世界にいたのだ。その成歩堂の苦しみを、御剣は、知らない。
「もう、キミが違う世界にいっちゃうなんて、嫌だよ。キミがいない世界に、ただ一人取り残されるなら‥‥。」
――――成歩堂は本気だ。
「ぼくは死んでも良いよ。だから、もう二度と置いていかないで。」
その目が、そう語っていた。ずっと二人で一つだったではないか、と。
そして、成歩堂はもう一度顔を拭って続ける。
「でも、キミと一緒に生きられる方が、もっと嬉しい。」
驚いて、成歩堂の顔をまじまじと見つめると、彼はいつもの笑顔だった。御剣の顔にも、自然と笑いが込み上げてくる。
(――――適わない、な。)
そんなこと言われたら、未練が残るじゃないか。キミのせいで、まだ生きたい、と望んでしまう。まだ、シアワセになれるだなんて、そんな甘い幻想を抱いてしまう。
――――実際、少なくとも、一年に一度は会えるのだから、今日会えない織姫と彦星よりは恵まれているではないか。
(それに――――。)
「キミを死なせるわけには、いかないからな。」
真宵のために、まだ幼い春美のために。――――延いては、また生きたいと望んでしまった自分のために。
御剣は額を成歩堂の額にコツンとぶつけた。今日は何回微笑んだだろう。この滝のような雨の中で。
「私は、まだ死なない。」
――――なんだろう。すごくシアワセ、だ。この七夕の日を、キミと過ごせることが。そして、このシアワセがあるかぎり――――私をキミの隣に。他のヒトのシアワセなんて、どうなっても構わない。
私と成歩堂がシアワセならば、それで良いから、‥‥どうか。
――――どうか、いつまでもキミと同じ世界にいられますように。
作品名:Double Stars 作家名:ゆず