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空を泳ぐ

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「人は空を飛べないんだ」

 西に沈む太陽が茜色を纏って世界を染め上げる。
 アルフレッドは目の前に沈む夕日から目を離し、手と手を繋いだ先を見た。
 大きくて少し冷たい手だ。アルフレッドは不器用だが優しいこの手が大好きだった。
 アルフレッドと手を繋ぐアーサーの横顔はどこか悲しげで、その声もまた沈んでいた。
 新緑の瞳は橙に染め上げられ彩度を上げた。
 細められた瞳はアルフレッドを見ておらず、沈みゆく太陽をじっと見つめている。

「技術が進歩すれば、確かに人は飛べる。でも、宗教画にあるような羽の生えた人間が空を飛ぶ日は決して来ない」

 こんなに近くにいるのに、アーサーはアルフレッドを見ていない。
 いつどんなときでもアーサーはアルフレッドを見てくれた。
 新緑がアルフレッドを見ていないというだけで、急にアルフレッドは悲しくなった。
 ひょっとしたら構ってもらえないことで癇癪を起こす寸前だったのかもしれない。
 アルフレッドは繋いだ手を一層強く握った。自分はアーサーの隣にいるのだと知らせる術が、それしか思い付かなかった。

「ああ、ごめんな」

 アーサーがようやくアルフレッドを見た。
 アーサーが夕日を見て、どこかに思いを馳せていたのはほんの僅かの時間だった。
 しかしアルフレッドにとってその瞬間は永遠にも似ていた。
 アーサーは困ったように笑っている。
 もしかして自分はアーサーの邪魔をしてしまったのではないだろうか。アーサーは自分を怒れないから、こうして困ったように笑っているのでは。
 ぎゅう、とアルフレッドは眉を寄せた。
 怒らないで、アーサー。
 言葉にはできなかった。ただ彼を真っすぐに見上げることしか出来ない。
 アーサーに見捨てられるのは怖かった。
だがそれを言葉にしてしまえば、アーサーはアルフレッドを捨てるかもしれない。
 そんなアルフレッドの内心をどう捉えたのか、何故かアーサーは悲しそうに微笑んだ。

「アーサー……?」
「空なんか、飛ばなくてもいいんだ」

 アルフレッドの小さな体はすっぽりとアーサーの腕の中に収まった。
 抱き締められる形となってしまい、アルフレッドはアーサーの顔を見れない。
 いつもアーサーがアルフレッドを抱き締める時は温かく安心する力強さがあったというのに。今のこの腕の中は悲しく寂しかった。
 まるでアルフレッドを地上に繋ぎ留める鎖のようだった。
 空に行く必要はないのだと、アーサーは全身で伝えている。
 何故アーサーがそこまで空を厭うような態度を取るのか分からない。
 それでも、アルフレッドがどこかに行ってしまったら――この人は一人だ。
 寂しさに閉じ込められたアルフレッドは、一人ではないと伝えることしか出来ない。
 アルフレッドの小さな手では、アーサーの全てを抱き締めることは叶わなかった。


091109(090502)

作品名:空を泳ぐ 作家名:てい