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空を泳ぐ

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 この世で一番馬鹿な男の名前を挙げろ、と言われればアーサー・カークランドは一人の男の名を迷わず口にするだろう。
 フランシス・ボヌフォワ。
 夏の陽光のようなまばゆい金髪、突き抜ける美しい晴天の青い瞳、節のはっきりした指は長く、アーサーはフランシスを構成する要素全てを羨んでいた。どれも自分が持ち得ないものだったからだ。
 フランシスとアーサーの歳の差は三つ。家が隣同士ということもあり、歳の差を感じるような付き合いではなかった。
 兄と弟と呼ぶには対等過ぎ、親友と呼ぶには遠かった。
 歳を重ねるにつれ、二人の間を何と呼ぶべきか、薄々どちらともなく感づいてはいたが。

「士官学校? お前が?」
「士官学校、というよりは飛行機乗り養成所。飛空科だよ」

 フランシスが十五になる夏、彼の口からぽんと飛び出したのはアーサーの聞き慣れない場所だった。
 ガラスのコップに牛乳をなみなみと注ぎ、アーサーは一気に飲み干した。
 フランシスとの身長差は縮まるどころか広がる一方で、引き離されたくないという思いと負けたくない気持ちから、アーサーは一日三杯欠かさず牛乳を飲んでいた。

「……軍人になるのか」
「違う、飛行機乗りになるんだ」

 同じだろう、とアーサーは口にしなかった。代わりに手で口元を拭う。
 手早くコップを洗うと、アーサーはフランシスの向かいの椅子に腰を下ろした。立って話すべき話題ではない。そう思ったアーサーは、フランシスの真意を逃すまいとその空色の瞳を覗き込んだ。

「いくら飛空科だろうと軍属は軍属だろ」
「幼馴染が軍人じゃ嫌?」
「そういう訳じゃ……」

 アーサーは口ごもった。
 フランシスは普通にこのまま進級し、彼の趣味か容姿を生かした仕事に就くものだと勝手に思っていたのだ。
 フランシスの作る料理は美味しかったし、彼の容姿は神の作り出した彫刻そのものだ。性格も面倒見がいいし、口先も達者。
 軍人というよりは文人、武官よりは文官の方がしっくりくる。
 アーサーが怪訝そうな顔をしているのを見て、フランシスは苦笑した。
 おそらくフランシスにはアーサーの考えていることがお見通しなのだろう。
 アーサーもそれに気付いて、むっと特徴的な眉を寄せた。

「お前が、空が好きだっていうからさ」
「え?」

 フランシスは蒼穹の瞳を細めた。
 思わずアーサーはフランシスから目を逸らした。フランシスの瞳がこの色になると、アーサーは彼に見つめられるのが苦痛になる。
 優しくて暖かい、寒色であるはずの青が愛おしむようにアーサーを見つめる。

「お兄さん、ちょーっと空を恋人にしちゃおうと思ったわけ」

 恋人、という単語にアーサーの肩が跳ねた。
 三歳年上のフランシスは歳相応以上に恋沙汰に関して進んでいた。
 アーサーが知る限りでは、恋人と呼ばれる存在が途切れたことはない。それが同じ人物とずっと続いているという訳でもなく、定期的に変わっているのだから性質が悪い。
 その事実はアーサーにとって、悔しくもあり腹の立つことだった。
 自分には可愛い恋人はできないのに、フランシスばかりモテてずるい。そんな男としてのプライドからくる悔しさ。
 そして自分だけを見てくれることはもうないのだと、突き付けられる幼なじみという関係の終わり。
 幼なじみに抱く感情としてはどこか違和感のあるそれは、昇華できずにアーサーの中で腹立たしさに変化した。
 どうして腹が立つのか分からないまま、アーサーはフランシスに恋人ができる度に訳の分からない怒りを向けていた。
 空色の瞳の幼なじみは、今度は空を恋人にするという。
 アーサーは咄嗟に何も返せなかった。
 普段ならば軽口の一つや二つ返していただろうに、この時ばかりは何かを口にするにも感情が霧散してしまっていた。
 何も言わないアーサーをフランシスはどう思ったのだろうか。
 優しさが滲む青い瞳が反転した。青い湖沼に暗い影が落ちる。しかし口元だけはニヒルに笑って見せた。
 フランシスの薄い唇から零れる言葉はやはり、どこかが軽く致命的なところだけが沈んでいる。

「アーサーが大好きな空をお兄さんが奪えば、お前絶対悔しがるだろ? お前、俺に負けるの大嫌いだもんな」

 もちろんフランシスは言葉通りの意味だけで飛空士になろうとは思っていない。
 フランシスは真意をアーサーに伝えるつもりなど毛頭なかったし、アーサーもまた、幼なじみの思考を読み取れるほど相手の気持ちに過敏ではなかった。

「別に、寂しいとか悔しいとか、先越されたとか、思ってないんだからな」
「うん」
「ただ、いきなりだったからちょっと驚いただけで」
「うん」

 ぽつりぽつりと零すアーサーに、フランシスは静かに頷く。
 アーサー自身が混乱しているのはよく分かっていたし、幼い頃からずっと一緒にいれば、これがアーサーが自分の考えを纏める方法なのだと理解している。
 新緑の瞳が右上を見上げ、左上を見上げ、うろうろと宙をさ迷う。
 フランシスは新緑の先を追い掛けるようなことはせず、丸みを残す幼い顔をじっと見つめていた。
 ぴたりと新緑が瑠璃を見据えた。

「……頑張れ」
「うん」

 アーサーは震える唇で精一杯の思いを伝えた。
 フランシスはそれまでと同じように穏やかに頷いて見せただけだった。
 自分の精一杯の言葉に一言しか返されなくてもアーサーは腹を立てなかった。
 フランシスは相変わらず穏やかに笑んでいる。必死に気持ちを纏めるアーサーとは対照的だ。
 フランシスは今にも「嘘だよ」と言い出してもおかしくないくらい冷静だった。凪いだ青い瞳は、逆に何を考えているのか分からない。
 アーサーはまさに、フランシスからその一言が零れるときを待っていた。
 嘘だと彼が一言言えば、自分達はあの騒がしい隣同士の日常に帰れるのだと。
 喧嘩をしながら同じ道を通って学校に通い、庭に水をやりながら相手が帰ってくるのを心のどこかで待ち遠しく思う、そんな日常を。
 しかしアーサーが望む言葉は、ついにフランシスの唇から紡がれることはなかった。
 代わりに彼の唇は、アーサーが聞いたこともないような甘い声で空気を震わせる。

「飛空士になったら、複座に乗せてやるよ、真っ先に」
「そういうのは俺じゃなくて恋人とやらに言えよ」

 ふいと顔を逸らしアーサーは言った。大人げない物言いかと思いフランシスの反応を窺えば、彼はアーサーの予想に反する反応をしていた。
 瑠璃色の瞳を丸くして、頬杖をつく右手から顔が僅かばかり浮いている。
 フランシスはすぐに口元は笑みを浮かべ、顔は右手の上に収まった。

「だから恋人は空だって言っただろ?」
「そうじゃなくて」
「恋人の腕の中で空中デートなんて滅多にできることじゃないぞ?」

 フランシスはアーサーの言葉を遮るようにして軽快に言った。
 アーサーはフランシスにきちんと人間の恋人がいることを知っていた。たとえそれが刹那的な関係だとしても。
 だからそういった台詞は、曖昧な立場にいる年下の自分よりも、立場のはっきりしたフランシスと同い年の少女に伝えた方がいいのでは、と思ったのだ。
作品名:空を泳ぐ 作家名:てい