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APHログまとめ(朝受け中心)

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 視界を遮る霧の濃さに目を見張ったのは一瞬だった。菊は直ぐさま常の微笑とも無表情とも取れない表情を浮かべると、カツンと革靴で石畳を鳴らした。
 鼻先を掠めるむっとした香りは、この国のものか、はたまた腕の中の芳香か。久々に踏む異国の地を心のどこかで楽しんでいる。
 石畳から顔を上げた先、自国では見ることが少ない金糸の持ち主達が溢れていた。
 金髪碧眼が多くの人間の羨望の対象になる理由に、大地の恵みを連想させるからだというものがある。金の髪は輝く穂を。煌めく碧は木々や移ろう空、そして海を垣間見る。
 国柄、金髪碧眼の人間を見ることが少ないからか、菊も確かに大地を抱く人々を見ると知らず溜息を吐きたくなる。
 菊は黒髪に闇を滲ませたかのような真っ黒な眼だ。光の加減で時折緑がかった色合いを見せる黒髪は、自分では特別気に入っている部位という訳でもない。自国の人間ならば別に物珍しいものでも何でもないからだ。
 しかし今菊が一歩一歩踏み締めている、この国を含む欧州では、日本人の緑を薄く混ぜたような黒髪こそが羨望の対象なのだと言う。
 金の穂の中でぽっかりと浮かぶ、己の頭は他の人間にはどう映っているのだろう。やはり羨望の眼差しを向けられているのか、それとも異物が混じっていることに違和感を感じる人間が大半か。
 いくらこちらの様式に合わせた正装をしても、自分が感じる疎外感というものは薄れない。自らが異国の地を踏むようになってから、一体どれくらい経ったというのだろう。幾年過ぎようとも幾度経験を重ねようとも、自分の存在を同化させることは難しい。金髪碧眼が大地の恵みだとすれば、自分の用紙は白紙に落ちた黒インクにでも例えるべきか。
 腕に抱く儚い存在の色彩だけが鮮やかで、菊自身は埋もれてしまってもおかしくないと思った。
 そう思ってしまえば、ただの一歩が埋没から逃れる為の足掻きに思えるから不思議である。
 ならば埋もれる前に、と菊は小さく微笑を浮かべて歩く速度を速めた。
 目指す先はやはり、大地の恵みを抱いた同族の元である。


 コンコンとノッカーを叩く。
 異国というのはやはり、自国とは異なる点が数多く存在する。
 まず菊の国にノッカーのある家は少ない。ほとんどがチャイムかベルだ。
 訪れた家が特別古くて、もしかしたら他の民家は菊の国と同じようにベルなのかもしれない。この家の家主は人よりも懐古主義の気が強い。
 自分の立場上、菊は一般の人々よりも諸外国に赴く機会が多い。外交目的で、大半は仕事として行くことが多いが、時たま私事として友人の地を踏むこともある。今回がまさにそのパターンだった。
 だから菊は、本当にこの家以外の来訪者を告げる手段がどのようなものか分からない。
 ここに来るまでの通りに面した家屋は全体的に古い建物が多かった。脇目も振らずにすたすたとここまで来たが、次に訪れた時にはそういった点にも注目して来ようか。
 あるいは、目の前の家の主に直接聞くのもいいかもしれない。彼はこの国の全てを見てきたと言っても過言ではないのだから。話の種ぐらいにはなりそうだ。
 ノッカーを鳴らしてからしばらく経つ。
 いつもならば扉の向こうからどたばたと騒がしい音が聞こえてくるが、今日はやけに静かだ。
 霧に音が食われたか、そんな馬鹿げた思考が一瞬脳裏を過ぎる。奇異と不可思議な現象とは離れて久しいというのに、やはり根っこはそう簡単に変わらないらしい。
 不思議国家とも揶揄される訪問先、英国ならば昔の感覚も研ぎ澄まされるのだろうか。
 ふと、懐かしい声が耳を掠めたような気がした。
 どこか懐かしい感覚に身を委ねていると、扉が開いたことにも一瞬反応が遅れてしまった。
 夢から現へと感覚を呼び戻す。視覚は長年の友人の困り顔を映した。

「すまない、菊。時間を知らされていたのに待たせてしまって……」

 愛嬌のある太い眉を八の字にしたアーサーだった。

「いいえ。いくら時間をお知らせしたと言いましても、昨日の今日ですから。急な訪問にも関わらず、こうしてお招きいただき有難うございます」

 自国以外の人間が目にすると、大概の人が驚くらしい。それでも長年に渡って身に付いた慣習というものには逆らえず、菊は深々と礼をした。
 顔を上げれば、彼の視線は菊の腕の中に固定されてしまっている。確かに物珍しいものだ。だからこそ無理を言って譲ってもらい、自分の手でここまで運んで来たのだが。

「それ……」
「ブルーローズです。上司に掛け合って少し分けてもらったんです。さすがに株ごとは無理だったんですけど……」

 花束を渡そうとする寸前、家の奥から、香ばしいというよりは焦げ臭さの方が強い臭いがした。
 菊がちょっと不思議そうな顔をすると同時、アーサーも異変に気付いたらしい。
「あ!」と一声上げたかと思うと、どたばたと家の奥に引っ込んでしまった。
 失礼かと思ったが、玄関から少し顔を覗かせてもらう。あっという間に焦げ臭さは広がった。玄関先にまではっきりと臭いが嗅ぎ取れる。

「悪い菊! 上がって適当に腰掛けててくれ!」

 家の奥からアーサーの声が届く。
 焦げ臭さはぶすぶすと炭化する音が聞こえてきそうな程酷かった。
 勝手に上がるのも躊躇われたが、しかし割といつものことだったりする。
 家主に聞こえる訳がないが「失礼します」と一応断りを入れる。菊は慣れた様子でリビングの定位置へと腰を下ろした。
 慌てて家の奥へと向かうアーサーの後ろ姿を見送るのは、何もこれが初めてではない。それどころかむしろ、訪問の度にこのような場面にかち合う。
 幾度の戦いを乗り越え、波瀾万丈の戦場を潜り抜けてきた彼ならば、五感は常人よりも遥かに優れているだろうに。
 それにも関わらず、料理が兵器へと変貌する悲鳴に気付かない、というのはどうなのだろう。
 別に手際が悪い訳でも手先が不器用な訳でもないのだ。比較的器用な人間に部類される菊にしてみれば、彼の手つきは確かに危なっかしい。危なっかしいが、あくまでその程度だ。危なっかしさが料理の味に影響を与えるとは思えない。
 カチコチと時計の針が何度歌った頃だろうか。玄関で菊を出迎えた時以上に申し訳なさそうな顔をして、アーサーがひょっこりと顔を出した。

「……すまない、その。なんだ……スコーン焼いてたんだけど、今回ばかりは出せそうにない」

 さっき自分で口にして、歯が立たなかった。

 余程気まずいのか、菊から視線を逸らしアーサーは言った。
 小さな声音とくすんだ金髪、そして家全体の雰囲気から、何となくいたいけな幼い召使の失敗を責めるような妄想に駆られる。
 菊も年齢不詳の童顔だが、アーサーも同じようなものだろう。彼の場合は外見に残った丸みと中身との反比例がアンバランスで、それが年齢不詳に繋がっている。
 互いに年齢不詳ではあるが、恐らく菊の方がアーサーより年上だ。別に彼を格下に思っている訳では決してない。だが、錯綜する場景と邪な想いが彼を不埒な目で見てしまうのだ。
 いえ、と首を振ったのは二つの意味があった。一つは彼の言葉を否定すべく、もう一つは自分の邪心を振り払うため。長年心に巣くう想いは、頭を振ったくらいでは打ち消せなかった。