二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

APHログまとめ(朝受け中心)

INDEX|2ページ/14ページ|

次のページ前のページ
 

「お気持ちだけで十分嬉しいです。ああ私、羊羹を持ってきたんです。もしよろしければ召し上がってください」

 抱えてきた花束に比べれば遥かに小さい手荷物から、菊は木箱を取り出した。以前自宅でお茶受けとして出した時、いたくアーサーが気に入った店のものだ。
 アーサーもすぐにそれと分かったらしく、それまでの落ち込んだ空気が大分霧散した。
 ぱっと新緑が輝いた。大きな瞳が木箱と菊の顔を交互に見る。菊は笑顔でもう一度、「どうぞ」と告げた。

「客人に気を遣わせたんじゃあ紳士の名が泣くな。その代わりと言ったら何だが、紅茶はうんと美味しいの淹れるから」

 機嫌が上昇したらしいアーサーは、すぐにキッチンへと踵を返した。あまりにも嬉しそうな顔は、ぱたぱたと弾むような足音が続いてもおかしくない程だ。
 ちらとソファーに置いたままの花束を見る。自国の企業に無理を言って譲ってもらったものだ。さすがに菊が直々に交渉するには立場上難しいものがあったので、上司に掛け合ってもらった。
 青い薔薇。
 この国の言葉では不可能の代名詞。
 自国の技術の優秀さを誇らしく思うと同時、虚しさも込み上げてくる。
 真っ白な薔薇を、茎から青色色素を含む水を吸い込ませ青薔薇へと仕立てるのは簡単だ。しかしその仕立てられた薔薇は道管ばかりが染まり、青の筋が浮かび上がった花弁は不気味でさえある。
 しかしこの革張りのソファーに横たわる深青の女王は、花咲いた時から正真正銘の青き薔薇だ。
 思い込みだ。この薔薇はまだ深青とは呼べないというのに。色も海のような深い青には程遠く、温度や湿度を調整しなければすぐに枯れてしまう。青紫の姫君と呼んだ方がいいのかもしれない。
 胸を張れ、と菊は花束から目を逸らし思う。不可能を可能にしてみせた国民達に申し訳ない。これは成長途中の青き薔薇だ。これからもっと、何世代も時を重ねることに深みを増していくに違いない。
 かちゃりと陶器の澄んだ音が耳を擽った。
 入口にはティーセットを載せたアーサーがいる。
 いつもと違う点は、白磁の上に黒焦げの物体がないことか。どうやら今日のものは本当に見るのも堪えられないものだったらしい。
 アーサーがティーセットをテーブルの上に置いたところで、菊は花束を手に取った。

「先程は渡しそびれてしまいましたが、我が国で作られた青い薔薇です。珍しいものだったので、アーサーさんにもお見せしたくて」
「ニュースで見たけど、すごいな。玄関で菊がこれを抱えてて、余計驚いたよ」

 有難う、と柔らかく笑んで受け取ってもらえたので、菊はほっと胸を撫で下ろした。
 自然を愛する彼には、受け入れられないのではないかと思っていたのだ。
 自然の摂理に逆らった青い薔薇。だからだろうか、花弁の色はどこまでも不自然だ。

「活ける花瓶も上品なやつを用意しないとな。気難しそうなお姫様じゃないか」
「ええ、開発者も何度も臍を曲げられたとおっしゃってました」

 ふふっ、と新緑を細め笑う姿は本当に品があると思う。こういう植物を愛でるときは、当然ながら横暴さが鳴りを潜める。実に柔らかな物腰だった。
 すぐに戻る、と言ってアーサーは立ち上がった。茶会の準備をしていたときよりも早く、今度は青薔薇を活けた花瓶を抱えて戻ってきた。
 リビングで一番目のつく位置に花瓶を置くと、アーサーは満足げに頷いた。
 それからはアーサーの淹れた紅茶と、菊の持ってきた羊羹で小さな茶会が開かれた。口を突いてくるのは取り留めのない話ばかり。アーサーが話題を振り、菊が静かに相槌を打つといういつものものだった。
 ノッカーの話をしようか、と菊は思った。だが自分は話し手よりも聞き手である方が得意だと自負している。それにアーサーの振る話題は底をついていない。
 この流れを断ち切ってまで話す程重要なことではない。今すぐ知りたい話題でもなかった。
 菊も柔らかな香気の紅茶を一口飲む。そのときちらりと向かいに座るアーサーの顔を盗み見た。
 菊が思っていた程落ち込んではいないようだった。話す話題は確かに取り留めのないものばかりだが、それは彼の心が平生と変わりない証ではないだろうか。
 彼の話題は少し笑えて、少し微笑ましかった。
 自国で起こったことだったり、欧州の現状であったり、離れたところに住む菊には、どの話も飽きることはない。
 紅茶の香気と薔薇の芳香が交わり、鼻孔が麻痺したかという頃、自然と会話が途切れた。
 あまり人の目を見るのは得意ではない。しかしこのとき、何故か菊はアーサーの新緑の瞳を真っすぐ見ていたのだ。
 緑の湖面に陰ったのは寂寥だった。
 すっと視線が逸らされる。菊もその先を追うと、神の奇跡が凛と咲いていた。

「……本当は、こんなこと望んじゃいなかったのに」

 結局、近すぎたんだよな。

 ティーカップを置く音に掻き消されそうな程、小さな声だった。アーサーが新緑を細めた。
 菊は目の前の彼が指すことを知っている。
 近すぎたからこそ起こった擦れ違いを。
 素直ではない彼がいつも通り本心を屈曲させ、相手がそのベクトルの先を見出せなかった。
 そのあとはいつも以上の大喧嘩。
 いつものことと言えばそれまでだが、今回は期間も規模も比ではなかった。
 そしてその擦れ違いの隙を突いて、自分は彼の元を訪れた。古狸と後ろ指を指されても仕方ないだろう。
 卑怯とは思わないが、心のどこかで狡猾だとは自覚している。

「まだ遅くはないでしょう。きっと彼も、貴方と同じことを思っていますよ」

 穏やかにそう告げたのは、自分にもまだ良心が残っていたからか。
 それともこの一歩が踏み出せない臆病者だからか。
 口を突いて出た言葉は確かに本心だ。
 しかし、何故告げたのだと絶望する自身の声も本心の内にある。

「お前は青くあることを望んだか? 俺は──こんな結果を望んじゃいなかったよ」

 菊がここにいることなど忘れて、アーサーは青紫の薔薇に語りかけた。
 そして菊はその声に何も返さない。アーサーが誰の声も必要としていないのは分かっていた。
 彼の人の瞳と同じ色の薔薇を贈って、自分は何をしたかったのだろう。慰めや癒しにでもなれば、などと謙虚なことを思ったのだろうか。
 声に出すことはなく、アーサーが薔薇に問い掛けた答えを心中で呟いた。

 私は望んでおりませんでした。
 持ち得ぬものを抱えてまで、生温い温室で生きることを。
 私は望んでおりませんでした。
 貴方を慰めるために叶わぬ願いと掛けた皮肉の薔薇を贈るなど。

 私は望んでおりました。
 貴方に真紅の薔薇を贈り、その肩を抱き寄せられる存在になれることを。



090405(090416加筆修正)