APHログまとめ(朝受け中心)
乳白色の揺籃で(王と菊)
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意識がもやもやとした、それでいて不快ではない霧の中にあるということは、菊にとってそれほど珍しいことではない。
しょっちゅう起こることかと言われれば答えは否だが、しかし別段特別なことでもないのだ。
長い間、それこそ他の同族よりも長く生きている身だからこそ慣れた感覚だと言ってもいい。
かつて自分を見つけ、不本意ながらも育ての親にでも当たるのだろう彼の人曰く。
「理性の証明アル」
「理性、ですか」
「あるいは意識の証明、と言ってもいいアル」
ふふん、と得意げに語った彼の人は、普段は見ることの出来ない長命の面を見せていた。
菊よりも長く生きている彼の人は、それでもどこかつまらなさそうに続ける。
「人の子なら、生き物なら何でもそこに堕ちるアル。夢とも言えるし、忘却とも言えるアル」
確かに感覚としては夢を見ているようだ。
堕ちる、という言い回しもしっくりくる。ゆっくりと意識が沈み、乳白色に堕ちる。柔らかく包み込まれ、意識の先端がどんどんと溶けていく。あの感覚は堕ちる、と言うに相応しいのではないだろうか。
伊達に長く生きてはいないのだな、と思うだけに留めて口にはしなかった。
自分と彼との関係は、険悪ではないが良好とも言えない。ここで何か余計なことを言えば起きなくてもいい争いが起こる。
ことなかれ主義に従って、菊は大人しく次の言葉を待った。
「自分は生きている、そう実感できる時間だとだけ思っておけばよろし。あまり難しく考えると、それこそ堕ちるアルよ」
最後の言葉は菊の顔を覗き込むように意地悪げに彼の人は言った。
互いの瞳は黒曜石が埋まっているようで、相手の瞳に自分の顔が映り込む。
あまりいい気分ではない。そもそも菊はじっと顔を見られることが得意ではないし、人と目を合わせるのも好きではない。
会議の場や重要な決議の場ならば相手の顔を見て自分の意志を伝えることもあるが、今は自らの意志を押し進める場ではない。
こちらを覗き込む彼の人の瞳は猫のそれを思い起こさせる。こちらを窺い、それでいて自分のいいように振り回してやろうという意志が時間の流れを見続けてきた瞳から読み取れた。
菊は不快感を能面の下に押し隠した。顔の一つぐらい顰めてやりたかったが、実際表情筋は微塵も動かしていない。
「……ご忠告、有難うございます」
菊が吐き出せたのは苦いその一言だけだった。
周りの同族からすれば自分は表情が読みにくいのだという。意図してそう振る舞っている部分──会議など言葉の応酬繰り返すような場において、分かりやすいというのは致命傷になる──もあるので、そう言われて悪い気はしない。
作品名:APHログまとめ(朝受け中心) 作家名:てい