戦争サンド、お持ち帰りで
はたして約束は守られた。
次の日、黒塗りの車が数台店の前に停まり、臨也さんと銀行員、弁護士、業者の人、それから夜逃げしたはずの取引先の人がロープで縛られて出てきた。
僕も両親も蒼白になる中、臨也さんと弁護士さんが口八丁で両親を丸め込み(驚いたことに僕との出会いの話もぼかしたのに)
元取引先の人に何が何でもお金を返すことを約束させ(契約書も書いていた)
『和食みかど』の看板はそのままという条件で、両親は渡りに船とばかりに契約を快諾してしまった。
そして契約するのなら内装や外装工事もしなければならない、という話になり両親は銀行員、弁護士、業者と共に外に出て行ってしまった。
あんなにウキウキした両親は久しぶりに見る。
ほとんど嵐のような出来事が終わると店舗で用意していた料理をもぐもぐ食べる臨也さんを、いつものカウンター席に見かけた。
「臨也さん・・・」
「お父さんの料理はやっぱり完成されてるねえ。ああ、でもやっぱり味はちょっと似てるなあ。面白い。
でも帝人くんが俺は好きだなあ」
まるで箸を指揮棒のように空中で弧を描き、正体不明の彼はニコニコとご満悦だ。
「・・・お店のこと、本当に感謝してます。でも、説明してください。
一体どうして、ここまでしてくれるんですか・・・」
「恩返しだって言ったじゃない」
「これが破格の行為だってこと、15の僕でも分かりますよ」
「結構慎重なんだねえ・・・」
「・・・臨也さん」
「言ったじゃない」
「え?」
「俺はもう君に、こちらの手全部見せてるんだけどなあ」
『・・・でも帝人くんが俺は好きだなあ・・・』
「・・・・・・そ、れ、って・・・?」
声が喉にからまった。
予想もしなかった答えが弾き出され呆然とする。
その時だった。
「帝人っっっ!!!」
店のドアがバアン!!と聞いた事も無い音を立てて開いた。
「静に・・・、静雄さん?!」
「お前、何だあの車?!この店乗っ取られたって本当か?!?」
そういえばあまりの急展開に頭から抜け落ちていたが、本来は今頃この店の相談を静にいにしてる筈だった。
でもまずどこから説明すればいいのか。
さっきのように臨也さんと弁護士のダブルタッグでも静雄に説明というのは難しいように思えた。
「の、乗っ取りっていうか、こ、この人が、ここのオーナーになってくれて、その、借金とかが・・・」
肩代わり?違う、蒸発したはずの取引先を捕まえてお金の回収をしてくれたのは何と言えばいいのだろう。
あわあわする僕の後ろの臨也さんを見て、静にいの目つきが剣呑な物に変わっていく。
臨也さんときたらこっちは大騒ぎしているというのに、カウンターに座ったままでこちらを見もしない。
「帝人・・・お前、騙されてんじゃねえのか?」
「ちょ、静雄さん!本人が目の前にいるんですよ?!」
「だから言ってんだよ!!お前んとこのお人好しにつけこんで、この訳のわからねえ男が店乗っ取ってんじゃねえのか?!?」
カウンターに足取りも荒く向かってきた静にいを慌てて止める。
肩に手を置かれ退かされそうになるのを必死で押し返した。彼は力はこんなものじゃないから手加減されてるのだろう。
それでも通ろうとする静にいと僕とで揉みあいになった。
「ち、ちがいま・・・」
「どけ、帝人!そいつと話をつけさせろ!!」
「静にい待って!話を・・・」
「・・俺はお前の兄貴じゃねえって言ってるだろ!!!!!」
「・・・ッッッ!!」
咄嗟に出た昔の呼び名に、静にいが咆哮じみた怒声を上げた。
間近に浴びた怒りに心臓が止まりそうな程の衝撃を受ける。
「・・・しず、に・・・」
「ッ・・帝人」
脳裏に浮かんだのは懐かしい思い出と、僕がその名で呼ぶたびに苦しげな顔をする幼馴染の姿だった。
・・・僕たちは、もうそこまで修復不可能な仲になってしまったのだろうか。
目を見開いて固まる僕に、静にいが後悔の色を乗せた目で手を伸ばしかけてくる。
「幼馴染ってさ」
僕と静にいの会話に臨也さんの特徴的な声が落とされた。
それはどこか冷たい響きを持っており、僕たち2人を振り向かせるには十分だった。
「あぁ?!」
「い、臨也さん・・・」
カウンター席に座っていた臨也さんはクルリとこちらを向く。
組んだ足すら優雅で、こんなケンカ騒ぎだというのに慌てる素振りの無いこの人に一種の感嘆すら覚えた。
「幼馴染ってさ、鉄板じゃない?物語で言えば将来の伴侶を仄めかしてるし、ゲームでいえばメインルートだよね。
幼馴染っていう存在、立ち位置ってだけで他より何倍もリードしてるんだよ。
何せ2人だけの思い出とか約束とか積み重ねた日々があるから、ぽっと出じゃまるで太刀打ちできない」
長々と続く謎の口上に頭の中で疑問符が踊った。
静にいに至ってはイライラと周囲の空気が震えて始めている。
「だからさ、俺は始まる前から分かる負け戦になんか出ないから。プライドあるから。
まあ当然だよね。誰も負けたくないし、振られたくない。
だけど恩もあるし個人的な興味や好意はあるし、もう少し一緒にいれたらいいなって今までそう思ってたんだ。
でもさ・・・」
臨也さんはニイ、と口角を上げる笑みを見せた。見下し弄びせせら笑う。
今まで僕には見せたことのない類の笑みだ。
だけど彼はこういう笑い方こそ似合うと、初めて見たのに確信に近く思う。
「何だか余裕で割り込めそうだね、君ら。
むしろ略奪ルートもありそうだ。いいねえそんなのも。
帝人くん、君が相手なら」
そう言って臨也さんは僕に視線を合わせた。ほんの少しの瞳の揺らぎさえ許さない真っ直ぐな視線だった。
「俺は脇役から舞台のど真ん中に踊り出てもいいよ。
このバカな幼馴染に、君が味わった痛み以上の傷を負わせてあげる。
どうする?今ならこの折原臨也、なかなかのお買い得なんだけど」
「何ごちゃごちゃ言ってんだ、てめえ・・・!!
帝人は俺らとは関係ないちゃんとした世界で生きてくんだよ!!!」
静にいが震えるほどの怒りを振りまきながら、歯軋りする。
「決めてよ帝人くん。君が・・・」
「話を聞くな!!帝人!!!」
言われた言葉の重大性に思考がショートしそうだったが、僕はようやく状況を把握する。
震える指をぎこちなく動かして、ゆっくりとその人へ手を伸ばす。
「選んでよ」
「選ぶな!!!」
2人の声に胸が引き裂かれそうになりながら、僕は。
僕は・・・。
作品名:戦争サンド、お持ち帰りで 作家名:ハルユキ