戦争サンド、お持ち帰りで
そんな風に『和食みかど』を継ぐため内緒の練習をしていた僕に青天の霹靂が起こる。
この店が経営危機に陥ったのだ。
堅実な経営をしていたが材料を仕入れていた取引先が夜逃げしてしまい、資金が回収できる目処が立たず年老いた両親は床に伏せてしまっている。
僕もどうしたらいいか分からず、明日恥を忍んで隣の『スナックしず』の静にいに相談しに行こうと心に決めていた。
最悪、この店をたたむ事も視野に入れて。
珍しく数日来なかった臨也さんに、最後の機会になるだろう卵焼きを作る。
しかし、それを一口食べた臨也さんは眉を寄せた。
「帝人くん、これしょっぱい」
「・・・っすみません」
「あと味が死んじゃってるよ。・・・何かあった?」
当然のようにそう言い当たられ、膝から力が抜ける。
どうして分かったんだろう。
誰にも頼れない今、こちらへ伸ばされた手は奇跡のようにさえ思えた。
僕はうつむいて奥歯を食いしばりながら声が涙でぶれないように我慢する。
臨也さんはまるで教師か塾の先生のように上手に聞いてきて、促されるままこの店に起こった事を話した。
そして、今までありがとうございます、と繋げようとした時だった。
音を立てて椅子から立ち上がり、僕の今までの話を聞いていたのか不思議になるくらいの軽い足取りで臨也さんはカウンター前の廊下を歩いた。
「ふーん。ここがねえ」
そう言ってクルリとターンする。
コートがはためき、よく知っている店の筈なのにまるでそこが舞台のように見えた。
こちらを見て笑顔を浮かべると、右の人差し指をくるくる回して天井を指す。
「じゃあ、俺がここのオーナーになろうか」
「・・・・・・え?」
そこの蛇口ひねると水出るよ、と言わんばかりの普通の口調だった。
その内容とのあまりのギャップに思考が一瞬停止する。
「このお店継ぎたいんでしょ?」
「・・・はい」
「隣に幼馴染もいるんだっけ?」
「・・・はい」
「じゃあ、お店たたまなきゃいいじゃない」
「で、でも・・・」
オーナーって臨也さんが?そんな大金どこから?
だってこの人働いてるのか?普通に暮らしてもポンと出せる金額ではないのに?
混乱したままの僕に臨也さんは、顔を近づけてきた。
この人はたまにこうやって距離を恐ろしく詰めてくる。端正な顔がにこやかに笑った。
「帝人くん、行き倒れてた俺を拾ってくれたでしょ。その恩返しさせてよ」
作品名:戦争サンド、お持ち帰りで 作家名:ハルユキ