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バスカッシュ!ログまとめ(ファルアイファル中心)

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licking his lips(アイスマンとファルコン)




 だから私は、有無を言わさず唇を嘗め取るのだ。


 はあ、と無意識に止めていたらしい息を吐き出す。
 集中しだすと呼吸も忘れる、というのは人間として、否、生物としてどうなのだろう。
 つうと頬を伝い今にも落ちそうな汗を手の甲で拭う。
 集中するときに人は無意識に呼吸を止めるという。ならばこの息苦しさは、自分が呼吸を忘れるほど間抜けであるということの証明にはならないのだろう。
 生命活動ギリギリのラインに立って、意識を研ぎ澄ませる。
 命を懸けて集中出来るほどバスケに打ち込めるのが幸せでもあったし、少しだけ可笑しかった。

 あの男のパスはこんなものではなかった。
 伝説になれる可能性を示唆してくれた、あの男のボールは。

 呼吸が落ち着くと同時、立ち上がりボールを構える。
 ぐっと指先に力を込め/腕の筋肉を限界まで酷使/上半身の筋肉を可能な範囲まで捻り/まだいけるはず=人体の限界への挑戦――渾身の一発。

「デストロォォォオイ!!」

 アイスマンの手から放たれたボールは弾丸となり加速。
 廃屋の壁を穿ち、空に向かって上昇。
 しばらくそのまま天井を見ていると、重力の影響を受け、衰えるどころか勢いを増したボールが天井を突き抜け床に着弾。
 ゴッ、とボールが落下したとは思えない音を立ててようやくボールは停止した。

「……できた」

 アイスマンの口元に笑みが浮かぶ。
 それは自身が伝説になれるかもしれない可能性が一気に跳躍した瞬間だった。
 あの男と出会って以来、すっかり顔に張り付いた笑みが更に歪む。
 口角がつり上がり、鋭い真珠色の犬歯が美姫の口唇から覗く。
 見る者が見れば悪鬼の笑みと捉えたかもしれない。
 しかしアイスマンにとっては会心の笑みだった。
 己の心が何を求めているのか明確になり、今欲するものに手を伸ばせる力を手に入れた。自然に浮かぶ笑みを誰が沈められるというのか。
 喉から搾り出すような笑い声が零れる。それほど大きな音ではないにも関わらず、アイスマン以外いない廃屋ではその声は大きく響いた。
 自分の鼓膜を震わせるのは自分の笑い声しかなかった世界に、第三者の気配がした。
 聞き慣れた足音が砂利を踏み締める。

「アイスマン、ここにいたのか」

 笑い過ぎて目尻に微かに浮かんだ涙を拭うことなく振り向けば、逆光の中長髪の男が立っていた。

「ああ、ファルコン」

 立っていたのは自分のチームメートだった。
 彼の名を呼んだところでアイスマンは涙を拭う。クリアになった視界で再度確認してみたが、やはり赤い髪のチームメートが立っている。
 床に埋もれたままのボールを回収し、手で埃を払う。意外にも傷らしい傷はついておらず、磨いてやればまだまだ使えそうだった。

「どうしたんですか? こんな町外れまで」
「そりゃこっちの台詞だ」

 ファルコンが廃屋に踏み入る。
 アイスマンが再び後ろを振り向けば、ファルコンは埃が舞っているにも関わらず躊躇いなくこちらに歩み寄って来た。
 近寄ってくると相手の表情もはっきりと分かる。ファルコンは顔を少し顰めていた。さすがに舞う埃に堪えられないのかもしれない。

「こんな町外れまで来て、お前は何やってんだ? バスケの練習ならチームのコートでやればいいだろう」

 アイスマンとファルコンの所属するチームには専用のコートがある。
 一応企業の買い取ったチームであるためいつでも自由にコートが利用出来る訳ではないが、管理者に許可を申請すれば利用可能である。
 ファルコンは練習するならばそこでもいいだろう、とアイスマンに何度も言っていた。
 アイスマンが町外れの廃屋で練習しているときに、こうやってファルコンがやってくるのは一度や二度の話ではない。
 誰にも気付かれないように抜け出してもファルコンはアイスマンを見つけるし、場所を変えてみたところでそれは同じだった。

 チームのコートで練習できる訳がない。アイスマンはチームのために上達しようとしているのではない。
 伝説に手を伸ばすために練習しているのだ。
 私欲のためにあのコートを利用するのは引け目を感じた。

 それに、とアイスマンは思う。
 あの男と、伝説の片鱗と接触したのは誰にも話していなかった。
 自分だけに訪れたチャンスなのだ。とても誰かと共有しようという気にはならなかった。

 拾い上げたボールを軽く床に打ち付ける。埃を舞い上がらせながら、ボールはアイスマンの手元に返ってきた。

「あそこじゃ駄目なんですよ。一人でやらないと」

 もう一度ボールを床に弾ませる。
 軽いリズムでボールを弾ませながら、今度はアイスマンの方からファルコンに近寄った。
 ファルコンは相変わらず顔を顰めたままだった。
 コートの外で彼に会うと、いつでも彼は顔を顰めているような気がする。
 もっともコートの外とはいってもチームの練習や試合以外で、彼と顔を合わせるのはアイスマンが廃屋で練習している時だけだったが。

「お前はおかしい」

 たかがチームメートだ。
 それほど深い親交がある訳でもない相手にそう断言されれば、アイスマンではなくても気分を悪くするのは当然だった。
 アイスマンの瞳が凍てつくそれになったことにも気付かず、ファルコンは続ける。

「一体何があった。何がお前を駆り立てる。あの男と出会って――何が変わった」

 ひゅう、とアイスマンは息を飲んだ。
 誰にも言ってない事実を何故彼が知っている。
 伝説の片鱗にこの指先が触れたのは、自分だけの秘密のはずなのに。
 ぐっと見開かれた真紅の瞳が目の前の男を真っ直ぐに捉える。
 どこからともなく自分自身の内なる声、「この男に知られるのはまずかった」という嘆き。
 何故か、などとアイスマンに考える余裕はなかった。
 床に打ち付け跳ね返ってきたボールを打ち付けることなく放置。跳ねるボールを無視して、腕をファルコンに伸ばしていた。

 ぐっと接近させた顔。
 透き通る赤と暗い青が交錯し、伏せることはなかった。
 アイスマンは唇を相手の唇へと押し付ける。
 そのまま舌を捩込んで、引き際に己よりも厚い唇を軽く嘗めた。

「何も変わってませんよ」

 視線を逸らさずアイスマンは言う。

「私は何も変わっていない。貴方は何も気付いていない。貴方の感じた疑問は、貴方の唇に載る前に私が嘗め取ってしまったのだから」

 慈しむようにアイスマンはファルコンの顔に指を滑らせた。

 どうかまだ、何も言わないで。

 少し濡れた唇で、アイスマンは声には出さずに囁いた。



090916(090913)