【パラレル】空中現実七番地【イザシズ】
ガードレールに軽く座って目の前を通り過ぎる人々をよく見る。
あまりじっと人を見つめるような真似はしない。そんなことをして怪しまれても、自分が軽く笑みを浮かべれば相手が抱いた不信感はあっという間に霧散するだろう。それくらい自分の容姿が整っているという自覚はあった。
秋と冬の中間。冬と呼ぶには日差しが暖かいし、秋と呼ぶには風が冷たい。そんな中途半端な季節の中で、通り過ぎる人々の服装はばらばらだ。
年中履き潰していそうなスニーカー、ブーツを履いている人もいれば、ヒールを鳴らしてパンプスを履いている人もいる。
でもこの時期トレンカってナシじゃないかなぁ、見てるこっちが寒いし、と通り過ぎた女子大生の足元を見て臨也は溜息を吐いた。
自分の目的は人々の足元ではない。それよりもっともっと上の髪だった。勿論全体のバランスを見てはいるが、やはり重要なのは髪である。
この季節に着るには少し早いような気もするファー付きコート/黒いスキニー/歩きやすいように、と珍しく履いたありきたりな黒のハイカットスニーカー/冷たい風に揺れる黒髪/だからこそ浮き上がる白い肌/異彩の赤い瞳。
手にしているのは安いデジタルカメラ。メッセンジャーバッグの取りやすい位置に名刺と携帯電話を差し込んでいる。
これが今日の臨也の仕事着であり、今いる通りが仕事場だった。
通り過ぎる人々の中から、磨けば光るちょっとの可能性を秘めた人間を見つけ出し声を掛ける。あまりきらきらし過ぎた人間は良くない。磨き上げるのが臨也の仕事なのであって、既に完成されているものに興味などこれっぽっちもない。
――――つまり、カットモデル探し。
臨也はアシスタントではなく店の看板といってもいい美容師だったが、時たまこうやってふらりと街に出ては自分が気に入った人間にカットモデルにならないかと声を掛ける。
最近は店での立場もあり、なかなか街に出る暇も見つけられなかった。今日は三ヶ月振りにもぎ取った趣味も兼ねた仕事で、臨也は軽快な気持ちで浮き浮きしていた。
普段店に行くよりも早めに家を出て足取りも軽く目的地へ。通勤の際に通る道より二本奥。人通りも多過ぎず少な過ぎず。並ぶ店も知られた有名店やブランドではなく、個人経営やこの近隣にしか展開していないような小さい店ばかり。
裏通りという程影がある訳ではない。程よい人気、活発過ぎない通り。
これぐらいの方が、光るか光らないか微妙なラインの人間を見つけやすくていい。別に人間の内面の輝きが外的要素によって判別しやすくなるとか、その輝きを持つ人間が目の前を通ったときに周囲が微かに明るくなるとか、そういう訳ではないのだが。
普段店に来る人間は、向こうの大通りにいるような者達ばかりだ。そういう人間ばかり相手にしていると、こういったところが恋しくなる。そしてこういったところにいる人間も。
「今日はハズレかなぁ。せっかく外に出て来たっていうのに」
こうなると手にしたデジカメも虚しく、先取り気味なコートを着ているというのに肌寒いような気がしてくる。
今日を逃したら次は冬か初春か――さすがに真冬に外へと繰り出す程真面目でも勤勉でもない。そうなると半年後か。
浮かれた気持ちが一気に降下。公認オフともいえる仕事をとって外に出ている為、目当ての人物も見付けられずにのこのこ店に行くのも気まずいというか恥ずかしいというか。
自分の感性に見合う人物が見つからなかった、と素直に言えればいいのだが、そんなことを言ったら店のスタッフがどんな顔をするか。
臨也さんの基準が高すぎるんですよ、と皆が苦笑する様が容易に想像出来る。そして自分は困ったように肩を竦めながら、驚くスタッフを尻目に「せっかく来たから手伝うよ」と憂さ晴らしのように客を掻っ攫って店中の視線を集める。
ありありと想像出来るこのあとの一日だ。
副業というか裏の顔というか、純粋に趣味が高じただけの情報屋も今日は気分ではない。一応アンテナを張り巡らせて、雑多な情報は耳に留めている。だがそれをどう使おうとかこれはどう有益だとか、そういった分別をする気にもなれない。
耳に次から次へと情報が飛び込んでくる中、臨也が目を付けたのは進行形で得ているものではない。自分の頭の中にある以前新人スタッフが口にしていたものだった。
「池袋駅、周辺ねぇ」
あの雑多な感じは嫌いではないが、果たして自分好みの人間がいるのだろうか。
街の玄関口であるのだから、様々な人間がそこを通って池袋に入ってくる。臨也がこうして心弾ませながら眺めている人間も、そこからこの街に入り通りを歩いているのだろう。
だから駅にいけば望む人間に会える可能性は高い。しかしそれは外からやって来た人間であって、臨也好みの磨き切れていない原石ではないのだ。彼らはこういったところの澱を少しずつ被りながら輝きを失っていく。臨也はその澱を払うのが好きだった。
「このままぼーってしているよりはマシか」
店に顔を出すついでに、ちょっと遠回りして駅周辺を歩いてみよう。
大した期待も持たずに臨也は座っていたガードレールから軽く勢いを付けて下りた。
100207
作品名:【パラレル】空中現実七番地【イザシズ】 作家名:てい