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【パラレル】空中現実七番地【イザシズ】

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 足早に駅から立ち去る人々。彼らの顔は皆一様に無個性で能面のように思えて仕方ない。
 友達や仲間と語り合ったり、携帯電話片手にどこかと繋がっていたり。無個性、雑多、猥雑。
 嫌い、ではないのだ。これはこれで好きな光景だと常ならば思う。
 だが今この場に臨也の目を引くような人物は皆無。それだけで普段は好ましく思う場所が一変し、疎ましいとすら思える。
 駅から少し視線を外し、通り全体を眺める。視界の届く範囲を全体的にぼんやりと。そうした方が可能性のある人物を見つけやすかった。

「……あ」

 強く惹かれた訳ではない。金髪だってそれほど珍しいものではない。
 ただ、遠目から見ても分かるほどの長身。その後ろ姿、それだけだった。
 臨也は迷う事なくその人物の後を追う。どうせこのまま待っていたところで自分の望む可能性に遭遇する確率は低いのだ。ならば自分の心がどれほど動いたかという点は無視し、「心が動いた」というシンプルな事実に基づいて動くべきだと判断した。

「ねぇ!」

 混雑していた駅前とは違い、人々は各々の目的地へと別れたせいか通行人は少ない。
 それでも確かに人はいて、突然の大声に通行人の中には臨也の方を振り向く者もいた。
 人という障害物がなくなったからこそ分かる、彼の人の容姿。すらりとしながらも力強い姿は、ますます臨也の興味を引いた。
 臨也の声に振り向いたのは僅かで、大半の人間は何事だと思いながらもこちらを見ようとしない。誰もが自分に掛けられた声ではないと思い、一瞬だけ歩調を緩めて元の速度に戻る。臨也の追い掛けている男も同じような反応を取ろうとした。

「そこの金髪のバーテンさん!」

 ぴたっ、と男の足が止まる。金髪、の時点で周囲から何人かは切り抜かれる。更にバーテンとくれば、該当するのはその男しかいなかった。
 臨也はそこで初めて男の顔を見た。ゆっくりと緩慢な動作で、男は臨也のいる後方を振り向く。

「やっと……追い付いた……」

 走った訳ではないものの、早足で人混みを避けながら彼の後を追ったのだ。息も絶え絶えという程ではないが、少し息が上がって苦しい。
 振り向いた男はサングラスを掛けていた。そのため瞳の色は分からない。
 近付くとその長身とバランスの取れた四肢がはっきりと分かる。追い掛けていた段階で男の方が臨也よりも身長が高いような気がしていたが、気のせいではなかった。若干見上げるような形になってしまうのが同じ男として悔しい。

「あー……何か用すか」

 初対面の人間に敬語を使う、という気遣いは出来るらしい。敬語というにはお粗末な言葉遣いで、気怠げに男が口を開いた。

「うん、用。しかもかなり重要な」
「は?」

 呼吸が整ったので、臨也が誰もが見惚れる笑顔を浮かべる。
 意味が分からない、と明らか様に男の顔が歪む。話し掛けた時の印象でも思ったが、彼はあまり気の長い人間ではないらしい。
 サングラスの奥の瞳を覗き込むように臨也は男から視線を外さない。じっと見つめられ――しかも相手は初対面の人間である――男は居心地悪そうに後ろに一歩下がろうとする。
 素早く臨也がメッセンジャーバッグから名刺を抜き取り、後退ろうとする彼の手に押し付けた。
 男が名刺を確認する前に臨也が口を開く。手は名刺を押し付けた形のまま、つまり相手の手を握ったまま。

「俺この先で美容師やってるんだけどさ、君よかったらカットモデルやらない? あとカットだけじゃなくてシャンプーにトリートメント、カラーもやらせて欲しいなぁ」
「……はあ」

 臨也はちら、と彼の髪を見た。髮質もあるのだろうが、この染め方は自分で染めた、あるいはプロ以外の誰かに染めてもらったものだろう。こまめに手入れしているとも思えず、何というか実に惜しい。
 まさに自分が求めている可能性。
 自分が手を加えることによって、しなやかな四肢を持った彼は完璧なケモノになる。
 その事実に臨也の体は悦楽に震えた。逃してなるものか、その一心から臨也は更に身を乗り出す。

「もちろんロハ! 他の子には割引料金で支払って貰うんだけどさ、君は俺個人が気に入ったってことで」

 一気にまくし立てる臨也に、相手はどうすればいいのかと困った顔をしている。臨也は手を振り払われないのをいいことに、このまま店に連れていってしまおうかと考えた。

「その服見る限りバーテンさんでしょ? あ、それとも出勤途中だった?」
「いや……」
「じゃあ決まり。本当すぐそこだからさ、君の仕事までには終わらせるし」

 バーテン服を着ているのだから彼の仕事はバーテン、そんな安直な連想をして臨也は勝手に結論付ける。
 出勤の段階から制服ともいえるバーテン服を身に付けるだろうか、という疑問もあったが、ただ単に彼は着替えるのが面倒だからそのまま着て通勤しているのだろうと実に自分に都合のいい納得の仕方をする。
 ぐい、と軽く繋いだ手を引っ張って臨也は彼を自分の店へと案内する。その手は意外にも臨也と同じ大きさで、身長の割に手は小さめなのだと気付いた。

「そういえば君、名前は? 俺は名刺にある通り折原臨也っていうんだけど」
「名刺、まだ見てねえ」

 あ、そっか、と臨也はぱっと手を離した。名刺を押し付けたまま彼の手を取ってしまったから、渡した名刺はまだ一度も彼の目に触れていない。

「オリハライザヤ……ってこう書くのか」
「そ、名乗っただけじゃ一発で漢字思い付かないよね」

 ふうん、と相槌のような納得のような声。よく初見の客はこの名前ネタで会話の掴みを得る。
 だから臨也は今回も同じようにして目の前のバーテン服の男との会話に弾みをつけようとした。

「それでお兄さんの名前は?」

 同い年か、あるいは臨也よりも少し年上か。判断がつかなかったので茶化すようにそう呼んだ。
 相手はちょっと顔を顰め、その感じを努めて面に出さないようにしながら小さく口を開いた。

「平和島、静雄」
「……へえ」
「何だよ」
「いや、知り合いに同じ苗字のやつがいるから偶然ってすごいなって思っただけ」

 臨也がそう言うと何故か彼は気まずそうに口を閉ざした。
 不思議に思ったものの、詮索する時間も惜しかった。一刻も早く彼を自分の手で磨き上げたい。

「じゃあシズちゃん、改めて俺のカットモデルになってくれる?」
「……なんだよ、シズちゃんって」

 互いに名を知ったところで臨也は静雄の手を取った。まるで子供になって、知り合ったばかりの子供を遊びに誘うような気持ちだ。

「ロハ、っていうなら付き合ってやる」

 ちょうど前髪伸びてきて邪魔だったんだ、と後付けするように彼は小さく笑った。


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