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drrrイザシズログまとめ

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天啓にも似た音こそが



 対面し、互いに睨みを利かせながら臨也はふと思った。
 目の前の犬歯を剥き出しにしている男を、確かに自分は嫌っている。どこがどう嫌いだとか、そこさえ良ければいい人なのにだとか、そういう問題ではない。彼の存在そのものが疎ましくて仕方ないのだ。
 自分の愛を邪魔する者は、誰でも憎いと思うはずだ。臨也にとって静雄は自分の愛を邪魔する存在であるのだから、そんな彼を憎いと思い、同時に憎悪を思い切りぶつけることは、愛するものを愛で慈しむ臨也に与えられて当然の権利だ。
 その権利を行使して何が悪い――臨也はナイフを構え、体を斜に構えた。体を正面に向けていたのでは相手の的になってしまう。
 地獄から響いたかのような声で自分の名が呼ばれる。両親から貰った名を特に誇りに思ったことはないが、少なからず厭う彼に呼ばれるために付けられた名ではない。
 そう考えると、自分が静雄の名を呼んでやることが彼に対する最大の侮蔑に値するような気がしてくる。
 何せ彼も、臨也が静雄を嫌うのと同じくらい臨也を嫌っているのだ。ならば臨也が静雄に名を呼ばれるのが嫌で堪らないのならば、彼もまた臨也に名を呼ばれることに嫌悪を示さなければ成り立たない。
 自分の舌が嫌悪しか抱かない獣の名を舐める。それを想像しただけで臨也の背筋を悪寒が走った。
 静雄、普段はふざけた調子でしか紡がないあだ名の代わりにその名を転がしてみた。口の中が妙に粘つく感じがした。
 名を呼ばれた彼は不快感を露わにするよりも先に、本能によって身体を突き動かされた。驚き、青筋を立てるよりも先に身体が動いてしまったことに、他でもない静雄が一番驚いていた。地を蹴り、高く跳び、長い脚を振り上げる。
 怒声、砂埃、悲鳴、全てが混じり合い、臨也の耳には獣の呻き声のように聞こえた。
 冷静に落下予測地点を導き出して身を翻す。恐らく金毛の獣は振り上げた脚で着地すると同時、それを主軸に第二撃を繰り出すのだろう。
 ああ、嫌いだな。そう心中で呟く。言葉は違えども、静雄の胸中も似たような罵倒で埋め尽くされているはずだ。
 喧騒の中の無音の世界。静雄と対面すると訪れるその世界は嫌いではなかった。どくどくと跳ねる心音や、全身を駆け巡る血液の流れ、思考のどこかが麻痺しているという自覚。極度の緊張に身を浸し、嫌悪と憎悪の衝動に心を委ねること自体、滅多に出来る体験ではない。
 こうしていると神に近付いているような気分になってくる、と思うのは言い過ぎか。制御と解放の狭間で垣間見るそこに、日常では発見出来ないものが眠っている。
 静雄が有らん限りの罵詈雑言を叫ぶ。それらは臨也の鼓膜を震わせ、すっかりこの世界に酔った脳の一部分が軽口を吐き出すよう唇に命じてきた。それを拒む理由もないので、臨也は素直に口にする。口元が勝手な判断で皮肉げに歪んだ。
 まだ世界に酔っていない脳の大半は取り留めのないことを考える。妄想ともいえるものだった。
 投げられた自販機が地面に激突し、轟音を立てる。
 例えば、そう例えばだ。この轟音がバベルの塔が崩落する音としようじゃないか。
 そうなったらこの世界にいるのは臨也と静雄だけだから、二人の間で言葉が通じないことになる。静雄と意志の疎通を諮れた試しなどないが、一応二人とも日本語を話しているのだから言葉は通じる。
 それが、崩れる。あるいは歪められる。
 崩壊したのは塔ではないのだ、と世界に麻痺した脳の一部分が囁く。臨也は憎い男との世界にすっかり出来上がってしまった一部分の声に耳を貸すつもりは微塵もなかった。憎しみに陶酔してしまった一部分こそ、本来ならば唾棄すべきものである。
 臨也は冷静な大部分の思考を更に加速させた。身体は闘争に興奮し、アドレナリンを分泌し続ける脳であっても冷静さは失っていない。その事実に少しだけ浮かれたくなった。
 歪められた無音の喧騒の世界――そうだ、自分と彼の言葉が反対になるのだ。自分の重いは相手の軽いに当たり、長いは短い、悲しいは嬉しい。そして。

「――愛してる」

 ぴたりと静雄が止まった。
 臨也の脳の陶酔していた一部分が、臨也を嘲笑う。
 何もかも崩れておらず、音もなくなりはしないというのに。
 麻痺して動かず泥酔していた部分の方が多かっただなんて。そうなってしまうと、臨也自身が唾棄すべきものになってしまうではないか。
 臨也が乾いた笑いを零すのを、静雄は信じられないものを見るような目で見ていた。


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