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エヴァログまとめ(353オンリー)

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二つ指でしか十字は切れず(貞・3と5)


 不仲、と言われてもカヲルはピンとこない。
 それは自分が使徒だから、などという言い訳じみた前提の前に“不仲”の指す状況がよく分からないのだ。
 分からないことが多いからこそ、こうしてカヲルはヒトに紛れて過ごしている。
 どうせ滅ぶ種ならば自分の知的好奇心を今のうちに満たしておくべきだと思ったのだ。
 ヒトに紛れてみれば、確かにヒトは興味が尽きない種だった。
 カヲル自身に血縁といったものは存在しない。
 この仮初の身体の原型はあるのだろうが、肉体的な血縁と精神的な血縁は切り離すべきだろう。
 肉体的な血縁を総合的な形で捉えれば、この星に住まう生物は皆リリスを母にもつ。
 今この場に限っていえば、そこまで広い視野で物事を捉える必要はない。
 述べるべきは精神的な血縁だ。

 カヲルに宛がわれた部屋だというのに、ここには部屋主以外にもう一人少年が住んでいる。
 彼は膝を抱えたまま虚ろな目で目まぐるしく変化する液晶を見ている。
 ずっと彼を観察してきたが彼はテレビを見てはいないのだろう。たまたまテレビがある方向を向いているだけに違いない。
 彼をくるりと自分の方に向かせれば、意識はともかく視線だけならば自分を捉えてくれるだろうか。
 ふとそう思うとカヲルはじっとしていられなくなった。ベッドから一歩踏み出せば床の生温さが素足に伝わってくる。

「ねえ」

 思わず声を掛けたのは確認の為だった。
 彼の意識が閉じ切ってしまっていて、こちらの声などちっとも届いていないかどうか。
 そして自分が今から何等かしらのアクションを起こすという合図の意で。
 結果、彼はぴくりとも動かなかった。瞬きすらしなかった。
 何の気無しに腕を伸ばして触れてみる。
 まず指先は布に触れ、そこからじんわりと熱が伝わってくる。素足と指先から生温さが伝わりカヲルは無意識ながら顔を顰めた。
 己の領域を溶かされているような気がする。己の体温が中和されていくような気がする。いずれにしてもカヲルにとって気分のいい感覚ではなかった。
 しかし指先だけでは相手をこちらに向けることは出来ない。仕方なしに両の手で奇妙な同居人の肩を掴んだ。

「……なに」

 カヲルを侵食した熱が離れた。否、カヲルの方から熱源への進行を止めたのだ。
 奇妙な同居人、碇シンジがこちらを見た。瞳は相変わらずどんよりと濁っており、久方振りに聞いた声も沈み込んでいる。
 深いところから見上げるようなシンジとは対照的にカヲルは高みからその深淵へと飛び込んだ。暗い瞳には喜々としたカヲルの顔が映り込んでいる。

「あはっ、こっち向いた」
「君が無理矢理向かせようとしてたんだろ」

 僕は別に向きたくなかったのに、とシンジは全身で拒否していた。
 彼は受動的な人間であるはずなのに、何故自分に対してこうも反発するのだろう。
 むう、とカヲルが頬を膨らませばシンジはふいと顔を逸らした。とことんこちらを拒絶するつもりらしい。
 彼が反発する理由にこだわっていても話は進まない。カヲルは思考を楽観的な方向に切り換えた。
 膨らませた頬を元に戻すと口元には自然と笑みが浮かぶ。知らないことを知ろうとすると勝手に筋肉が緩むのだ。

「あのさ、聞きたいことがあるんだけど」
「…………」

 シンジは何の返事も返さないが逆に明確な拒絶の意思も見られない。
 とりあえずはカヲルの疑問を聞くだけ聞いてくれるのだろう。だからシンジの様子を特に気に留めることもなくカヲルは続けた。

「“おとうさん”ってどんな感じ?」

 見開かれた瞳は信じられないものを見るようにカヲルを見つめている。
 ここにきてようやくシンジの瞳に意思らしきものがはっきりと見えた。
 カヲルの問いの答えを探す前にシンジは考えること自体を拒否している。揺れる瞳の中でその一点だけがはっきりとしている。
 ひゅう、とか細い音がした。耳慣れたとまではいかなくても、何の音かは見当がつく程度には聞いたことがある。
 シンジが息を吸い込む音だ。ただ吸い込むのではない。吸い込みすぎた空気が毒となり彼を蝕む合図だ。
 ああ、また面倒臭いことになる。カヲルの浮き上がっていた気持ちは地に叩き落とされた。今度はどう対処しようかと悩んだところで、ふと視線に気付く。
 苦しそうに胸を押さえたシンジがカヲルを見据えていた。
 彼がこうして他人と視線を交わすなんて珍しい。その珍しさが先行してしまって、過呼吸まで至らなかったことに気付くのが遅れてしまった。
 顔はまだ青白いが大事には至っていないようだ。しかし一度降下してしまった気分はなかなか浮上してこない。
 シンジが発作を起こさなかったことに安堵するより、カヲルにとっては一度落ち込んだ気分を持ち上げる方が重要だった。
 このまま黙り込み自分の感情を観察していても仕方がない。僅かなものでいい。意識を外に向け、外界からの刺激を受け取る必要があった。

「司令と君は親子なんだろ? 君は『父さん』って言ってたし──ねえ、父親って何?」
「そんなの、」

 ぐっと唇を噛み締めシンジは顔を逸らした。顔は未だに青白く、噛み締めた唇までもどんどん色を失っていく。
 あれだけ白くても噛みすぎたら血が出るのだろうか、と頭の片隅で話題とは全く関係ないことを考える。これはカヲルの中の好奇心の思考だろう。
 中途半端に途切れた言葉は唇と共に噛み砕かれているのだろうか。あまりに青白くなる目の前の彼に、ようやくカヲルは焦りを感じた。
 ここはカヲルの部屋であり、もしシンジが唇を噛み切ってしまえば汚れるのはカヲルの部屋である。同時に騒ぎにもなるだろう。自分の部屋が騒動の中心になるのは避けたかった。

「あまり噛むと血出るよ」
「うるさい、君が変なこと聞くからだろ!」

 怒鳴り返されてしまったが結果としてシンジの唇は解放された。
 やはり唇には噛み締めた跡が残っている。
 皮膚の下で唇の端からじわりと赤が滲み広がっていく。その様を見てカヲルはぼんやりと「シンジ君の唇って柔らかいんだ」とやはり別の所に意識が飛んでいた。
 前に触れたときは過呼吸の発作を止めようと好奇心任せに唇を押し付けた時か。あの時は唇の柔らかさなど全く気にしなかった。

「変なこと?」

 カヲルの問いはシンジの叫びに対してでもあったし、内心に向けたものでもあった。
 彼の唇の柔らかさを気にするなど、何かがおかしいような気がする。内側と外側、両方の事象に対しカヲルは首を傾げた。

「そうだよ。何の脈絡もないし、勝手に触ってくるし、訳が分からないよ」
「不思議に思ったから聞いただけじゃないか」

 だのに何故それほど腹を立てるのか。
 カヲルにしてみればシンジの方が訳が分からない存在である。

「“おとうさん”って言ったって、『お父さん』だったり『お義父さん』だったりさ、字が違うだろ? 何か違うワケ?」
「……辞書でも引けば?」
「生きた人間の言葉が知りたいんだよ。君の場合は『お父さん』なんだろうけどさ」
「君だって生きた人間だろ。なら自分の言葉で考えなよ」
「それが分からないから聞いてるんだろ」