二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

エヴァログまとめ(353オンリー)

INDEX|3ページ/7ページ|

次のページ前のページ
 

着地を決めた四分音符(貞・3と5)



 ――――♪

 頭の中で流れるメロディに合わせて指をトントンと動かす。
 雑誌を鍵盤に見立てて軽く叩いてみても、実際の鍵盤楽器のような軽やかな音は鳴らなかった。脳内の聴覚ばかりが架空のピアノの音色を拾っていく。
 床で膝を抱えていた奇妙な同居人が欝陶しそうな視線を投げ掛けてきた。
 知ったことか、とカヲルは思う。この部屋は自分に与えられたものである。部屋主がここで何をしようと勝手ではないか。
 初めは気持ち良く叩いていたものの、視線に気付いてからは苛立ち混じりの指遣いになる。軽やかだったはずの音の足音は乱暴なものとなった。
 そうしている内に架空の音色と指のリズムが合わなくなってきた。音色が通り過ぎた節を一拍遅れて指が叩く。
 これが実際に鍵盤であったなら、さぞ聞くに堪えない潰れた不協和音がなったであろう。
 両の指を勢い良く雑誌に叩き付けると、カヲルがきっとシンジを睨んだ。

「何か言いたいことがあるならはっきり言えよ。さっきからチラチラチラチラ人のこと見てきて、欝陶しいんだけど」

 ぐっと眉間に皺を寄せ、カヲルは苛立ちを隠すことなく言い放った。
 それに対しシンジは先程とは反対にふいと顔を逸らした。我関せず、と言わんばかりに更にきつく膝を抱える。
 カヲルがシンジの肩を掴んでこちらを無理にでも向かせようとする寸前、ぽつりとシンジが言い返してきた。

「うるさいなと思っただけだよ」

 テレビに集中出来ない。
 しれっと言ってのけるシンジにカヲルの苛立ちは増すばかりだった。
 テレビの音も何も、果たして彼の耳に届いているというのか。画面を見つめていて、目は確かに映像を捉えているだろう。耳もスピーカーからの音を受け取っているに違いない。
 しかしそれを脳が処理して、彼自身の心にどのように響いているというのか。
 きっと彼の頭は停止しているし、心は空虚に決まっている。
 それなのに指が雑誌を叩く微かな音だけは耳障りだと言う。何と都合のいい器官なのだろうか。

「うるさい、って……ここ僕の部屋なんだけど。静かなところがいいなら他のところに行きなよ」
「嫌だ」
「はあ!?」

 何度か行った問答ではあるが、今回ばかりはカヲルの方から投げ出す訳にはいかなかった。
 それだけ感情が放り投げるには大きすぎる程に膨張していた。抱え切れずに押し潰される方が早そうだ。

「だいたい」

 真っ黒な瞳がカヲルを見据える。
 この声と瞳からして、この訳の分からない同居人は開き直ったのだろう。カヲルが一切理解出来ない彼なりの理論に基づいて。

「何なんだよ、それ」
「ピアノが弾きたいけど、ないから代わりに雑誌叩いてただけ」

 じとりとこちらを見つめるシンジの瞳がやけに重い。黒いからだろうか。色が重さに直接関与する訳ではないが、感覚的にそう思う。
 こちらに一切非はないというのに責められているような気分になる。
 自分の部屋だというのに、何故ここまで居心地の悪い思いをしなければならないのだろう。
 カヲルよりも血色の良い瞼が黒い瞳を覆い隠した。
 シンジの反応があまりにも突然のことで、カヲルは横目でそれを見ながらぱちくりと目を見開いた。

「ちょっと待ってて」

 それまで座り込んだ場から必要最低限しか動かなかったシンジが立ち上がった。
 部屋の片隅に置かれたボールペンと紙を手に取ると、テーブルの上に置いて何か書き始めた。

「何してんの?」
「…………」

 カヲルが尋ねてもシンジは無言。
 作業に集中しているのだろうか。その割には硬いペン先が紙の上を滑る音は単調だ。
 つまり意図して答えないのだ。
 そっちがその気なら別にいいよ、とふて腐れて横になろうかと思った。
 しかし自発的にシンジが動いた珍しさと、その彼が何を作っているのか気になって素っ気ない態度を取ることも出来ない。だからといって好奇心に突き動かされるままに彼の手元を覗き込むにはプライドが邪魔をする。
 カヲルはただ、シンジの作業が終わるまでベッドの上でむっとした表情を浮かべるしかない。
 視線だけはチラチラと何度もシンジを見遣る。先程と立場が逆転してしまった。

「出来た」
「何がっ!?」

 好奇心がプライドを安々と飛び越えると、カヲルはぐいと身を乗り出した。
 シンジの手元には白と黒に塗り分けられた紙がある。

「なに、これ」
「鍵盤」

 はい、と手渡された紙を素直に受け取ったものの、一体これでどうしろというのか。裏返してみたが裏面は白紙だった。表しか鍵盤は書いていない。

「訳分かんないんだけど。これでどうしろっていうのさ」
「ピアノ代わりに弾くんだよ」
「音出ないじゃん」
「鼻歌でも歌えば?」

 心底どうでも良さそうに言うとシンジは定位置に戻ってしまった。そしてすべての感覚を閉じ切ってテレビの画面だけを見つめている。
 ふう、と溜息を吐いた。カヲルはシンジ曰く“鍵盤”を蛍光灯の下で透かしてみる。やはり紙だ。紙に線が書いてあり、上半分が規則的に塗り潰されているだけの紙だ。
 仕方なしに先程の雑誌の上に重ねてみた。それでもピアノという感覚には程遠い。
 白鍵に当たる部分を叩いてみても当然のように音は鳴らない。雑誌を叩いていた時と同じ音しかしなかった。
 つまらない、というのは簡単だった。これを丸めてごみ箱に放り投げることは実にたやすい。
 だがこれは、この部屋に居座る少年が初めて自分にくれたものではないか。そう思うと何とも言えない妙にこそばゆい気持ちになった。

 ――――♪

 頭の中でぐるぐると回る旋律を鼻歌に乗せてみた。雑誌だけを叩いていた時よりも優しく音色を追い掛けていく。
 脳内の音と薄っぺらい鍵盤を叩く指とそれらを繋ぐ鼻歌は少しもずれることがなかった。
 雑誌だけを叩いていた先程より鼻歌も加わって、むしろ煩さは増した。だのにシンジは何も言わない。
 こちらを煩わしそうに見てくることもなかった。

「下手くそ」

 ふふっ、と小さくシンジが笑った。
 ポン、と頭の音源も音の鳴らない鍵盤を叩いていた指も音を外した。
 共に音を外したはずの鼻歌だけは、何故か記憶の中の音符と同じ五線譜の位置に着地した。


090719