エヴァログまとめ(353オンリー)
アトムの恋【途中放棄】(庵・3と5+リツコ)
「赤木博士」
シャツのボタンをかけながら少年が尋ねた。
「なに?」
声を掛けたられた女性は、机に向かったまま振り向く事なく言葉を返す。
「どこかおかしいところありましたか?」
「人間としても使徒としてもいたって健康体よ。おかしいところといえば、貴方の存在そのものかしら」
リツコは声に冗談を滲ませる事なく淡々と告げた。
彼女の物言いにカヲルは苦笑するしかない。嫌味を多少込められていたとしても、リツコの言葉に嫌悪はなかった。
だからカヲルは別段不快な思いもしなかったし、逆に直球なその言葉に好感が持てた。
「調子が悪い、なんて言うからいつもより入念に検査してみたけれど――身体的には異常なしよ」
「……身体的には、ですか」
「ええ。ただパルスに若干の乱れがあるくらい。最も貴方の場合、常のグラフが平坦だから常に比べて乱れているという意味であって、一般的にはこれくらい乱れの内に入らないわ」
「見てみる?」と手渡された紙には、今までの検査結果が並んでいた。
過去五回分のデータは全て直線。1番新しいデータだけが僅かに波打っている。
「そしてこれが他のパイロットたちのデータだけど……」
カチカチとリツコがマウスを操作すると、ディスプレイに何パターンかの異なるグラフが表示された。
カヲルのグラフに比べれば波があるが、それでもその振幅は小さいグラフ。
波の大きさは均等だが振動数が多いグラフ。
振幅は大きいが振動数が少ないグラフ。
「どう? 少しは自分がおかしいって気付いてもらえたかしら」
確かに自分のグラフは傍目から見れば気味の悪いものだろう。感情の起伏がないと思われてもおかしくはない。
リツコの視線にもカヲルはうろたえなかった。その代わり苦笑が一段と濃くなる。
「僕個人からすれば異状でも、全体としては異状でも何でもないんですね」
「むしろ今の状態の方が正常、とも言えるくらい」
マウスを操作しディスプレイからグラフを消す。リツコは再び書類に向かった。
カヲルは手渡されたデータに視線を落とした。
何度見てもグラフは定規を用いたかのように美しい直線だ。
だからこそ、その小さな波が余計に目立つ。
この小さな波はカヲルの中で何かが起こったことで現れたものだ。ただその何かがカヲルには分からない。
「赤木博士」
「今度はなに?」
平淡ながらも僅かに刺のある返事だった。これも小さな波だろうか、と思う。
「僕の身体と魂がバラバラになる、そんな感じがするんです」
「そう」
それきりだった。
カヲルがぽつりと落とした言葉にリツコは一言返しただけで、それ以上何も言わない。
しばらく待ってみても部屋にはペンが走る音しか響かない。カヲルの溜息はやけに大きく聞こえた。
「ありがとうございました。わざわざお時間取らせてしまって」
カヲルが部屋を出て行こうとすると、リツコが顔を上げた。
振り向けば紅を引いた唇が弧を描いている。
「貴方のそれは、バラバラになる音じゃないわよ」
「……どういうことですか?」
「科学者としての私は認めない音。女の私は理解出来る音。赤木リツコが言えるのはそれくらいね」
カヲルは意味が分からずに首を傾げる。もう一度意味を尋ねようとする前にリツコが口を開いた。
「用が済んだのなら出ていって頂戴。私も色々やることがあるのよ」
そう言われてしまえば、カヲルはこれ以上言及出来ない。
ただでさえ忙しい彼女の仕事をこちらの我が儘で増やしてしまったのだ。
カヲルは頭を下げて大人しくリツコの部屋を後にした。
身と魂が切り離される音がする。
リリンの肉体とアダムの魂が切り離される音だ。
それはふとした瞬間に耳を打ち、酷くカヲルを動揺させた。
音、というのは少し違うのかもしれない。感覚としては音と表現するのが適当だが、肉体はその音を感知しない。幻聴の一種だ。
リツコの部屋を後にしてから、カヲルは特に目的もなくネルフ内を歩き回っていた。
どこか一カ所に留まっているよりはこうして歩き回っていた方が気が紛れる。
静かな施設内では空調の音すらしなかった。カヲルのスニーカーがリノリウムの床を踏む足音が僅かに響く。
作品名:エヴァログまとめ(353オンリー) 作家名:てい