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鉄のラインバレルログまとめ(森次受中心)

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好奇心(道明寺と宗美



 ふと、何となしに視線が彼の方へと向かった。斜に構えているようでいて、否、だからだろうか、歳相応以上に周囲に気を配る少年はすぐにこちらの視線に気付いた。

「俺の顔、何かついてます?」

 人差し指で自分の顔を指す少年に、何でもないのだと緩く首を振って見せた。口元には僅かに苦笑。何に笑ったのか自分でもよく分からない。
 浮かべることが苦ではない、それでも「張り付いた」という言い回しがぴったりくる笑みを見せる。

「いえ、ただ何となく気になってしまったので」

 道明寺は感情の読めない瞳を二三度瞬きした。本当に穏やかな空気だと思う。宗美にはそれが少し懐かしく思え、同時にそう感じることがとても寂しかった。
 彼女と共に過ごした温もりは、確かにこの胸に存在しているというのに。自分よりも遥かに年下のこども達と過ごすのは、その日々をいともたやすく照らしては塗り潰していくようだった。

「道明寺君はお洒落さんですね」

 今度こそ道明寺はぽかんと口を開いた。ああ、またズレた発言をしてしまったのか。宗美は呆れて自分に苦笑するしかない。
 外見的に道明寺と宗美に歳の差を感じる者は少ない。身長は宗美の方がまだ高いが、成長期をとうに終えた宗美とは違い道明寺はこれからもっと伸びるのだろう。
 朝起きると関節痛いんスよね、と話していた彼の姿は記憶に新しい。宗美も身に覚えのある痛みだったから、共感の意を伝えたように思う。
 そう、身に覚えのある痛みなのだ。外見的には宗美は青年とも少年とも言い難い容姿をしている。成長の痛みはとうの昔に過ぎ去ってしまった。半世紀以上前に感じたのだろうか。年齢と逆算してもそれくらいだと思う。
 見た目に反して半世紀以上生きてきた自分と、今をまさに生きる彼を含めたここのこども達とは時たま話題が噛み合わないことがある。歳のせいかもしれないし、閉鎖された空間で長年過ごしてきたことが大部分を占めているのかもしれない。
 さてどうしようか、と宗美は少し思案する。これは言葉を付け足すべきか、それとも「おかしな話題を振ってすみません」と謝罪するべきか。後者は不自然だろう。取り留めのない話題を振ったにせよ、こちらが下手に出て謝るようなことではない。忙殺されるような状況ならともかく、今道明寺と宗美は簡単なデスクワークに勤しんでいるのだ。
 もしかしたらデスクワークとも呼べないものかもしれない。未だパソコンに慣れない宗美に操作を覚えてもらう意味合いの強いものだからだ。
 その作業の合間を縫って、宗美は向かいに座る道明寺を見たのだ。今の時代の子ならば、自分より遥かに作業能率がいいだろう。そんな思いで。
 雑談、をしてみたかった。だから自分から口を開いた。ただ、話題は突飛過ぎたのだ。さてどうすべきか、思考が一巡するのは意外と早い。
 宗美の思考が二巡目をスタートするよりも早く、道明寺が口を開いた。唇に載せられた笑みは歳相応とは言い難い。どこか達観しているようにも思えた。

「森次さんには生温い目でみられちゃいますけどね」

 これ、と道明寺は逆立てた金の髪を指差した。宗美も微苦笑を返す。

「毎朝自分でやってるんですか?」

 彼が他のJUDAの人間と共に阿戸呂の村を訪れた際、彼等は宗美の家に泊まった。当たり前だか入浴時と起床時には、道明寺の髪は下ろされていた。一体どうやってこの髪型を作っているのか、宗美には全く見当がつかない。

「ワックスとスプレーで、ガッとやってぐっしゃーですね」
「ガッとやって、ぐっしゃー……?」

 髪を掴んでぐしゃりとやる、ということだろうか。自分を着飾るといったことにとんと無縁だった宗美には想像もできない。
 ワックスとスプレー、くらいならば分かる。コマーシャルがかなりの本数で流れているし、自分と妻が東京で貧しいながらも幸せな日々を過ごしていた時に、その妻が出掛ける度に使っていたような気がする。

「宗美さんもやってみます?」
「僕は柄じゃないので。それにこんなおじいちゃんが道明寺君と同じって、何だかおかしいですよ」

 自分で言っておかしくて、宗美はふふっと小さく笑い声を零した。窓から差し込む陽光が温かい。軽い雑談と思って話を振ったが、作業する指が止まってしまっていた。
 道明寺はにやりと笑った。それほど長い付き合いではないが、彼がこの笑みを浮かべると大体自分にとって申し訳ないようなことを提案される。早瀬軍団といって、若者同士の交流会に自分を誘ってくれる時は大体この笑顔から切り出される。

「折角なんでやっちゃいましょうよ。イメチェンして特務室のみんなを驚かせる! どうですか?」
「いえ、僕は……」

 性根だといえばそれまでだが、宗美はあまり積極的な質ではない。それは若い頃は周囲の反対を押し切って村を出て上京したが、今の自分にはそこまでの活力がない。変化を恐れるのは歳を取った証拠だ、と言ったのは誰だったか。全く以ってその通りだと思う。
 そもそもこの歳になって、イメチェン。長年着物ばかり着てきたので、正直なところJUDAのスーツを着るだけでも若干の気恥ずかしさがあるというのに。
 いつの間にか道明寺は宗美のすぐ側まで来ていた。普段は感情が読みにくいというのに、こういう時の彼の瞳は爛々と輝いている。
 話題を逸らすよりも早く、宗美の手が動いていた。身体が思考を先行する形を取っていた。

「……きれいですね」

 ほう、と溜息を吐きたくなるような美しさではない。それでも陽光を受けて柔らかく映る金色は、宗美の目には十分魅力的だった。
 急に大人しくなった道明寺は、呆然と宗美を見ている。宗美はそんな視線に構う事なく目の前の金髪を眺め続けた。

「あの、宗美さん」
「なんですか?」

 宗美の瞳には純粋な好奇心しかない。いくら自分が歳を取ったといっても、堪え切れない感情というものはある。興味のない振りをするのに慣れてしまっても、新しいものというのはいつだって人を魅了するのだ。
 宗美はそっと道明寺の髪に触れる。恐る恐るといった様子が何とも彼らしくて、道明寺は何と声を掛けるべきか悩んだ。下手に触られてヘアスタイルが崩れるなど、どうでもいい問題である。少なからず道明寺自身にとっては。

「宗美さん、アノデスネ」

 妙に片言になった道明寺に、宗美も道明寺自身もびくりと肩を震わせた。
 宗美は宗美で、でしゃばった真似をしてしまったという思いで。
 道明寺は道明寺で、妙に緊張している自分が理解できずに。

「あんまり触ると、ワックスで宗美さんの手がベタベタになっちゃうんじゃないかなー、と」

 ぱっと離れた手は空中停止。
 それから二人、しばらく無言で向かい合う。

「……仕事しましょうか」
「そ、そうですね。邪魔をしてすみませんでした」

 その実、大分前に作業を終えていた道明寺は発言したもののやることがない。
 一生懸命慣れない機器と格闘する自分より遥かに年上の青年に、妙に落ち着かない気分になるのは何故だろう。溜息を無理矢理飲み込んで、道明寺は深く項垂れた。

090322