雨に濡れた猫
「非日常を渇望するくせに日常に執着する、中途半端な線引きしか出来ない子供ごときが何も考えずに俺を助けるだなんて無防備にも程がある。笑えてくるね!」
「臨也さん!」
じっと目を見つめながら強い口調で名前を呼ばれたことで、臨也はピタリと決壊したダムのようにしゃべり続けていたその口を閉じた。
しばらくの沈黙の後、帝人は先程の咎めるような表情から一転して、穏やかな笑みをそこに浮かべた。その笑顔に、臨也は僅かに眉を寄せる。
「…無理しちゃ、だめです」
「何で」
「え?」
「何で理由聞かないの?」
俺が傷を負ってる理由、とは言外で。
帝人はきょとんとした顔で臨也の質問に尋ね返した。
「…聞いてほしいんですか?」
「は?」
「あ、いえ、聞かれたくなさそうだったんで…」
すみません、と謝りながら帝人は苦笑した。
「言いたくないなら言わなくていいと思いますよ。それに臨也さん情報屋なんですし、僕なんかにぺらぺら離したら商売にならないでしょう?」
「…まあ、そうだね。それもそうだ」
呆れたように笑いながら、臨也はおとなしく再び布団に寝転がった。帝人その様子を嬉しそうに見守ると、何かを思い出したのか傍らに置いてあった財布を片手に未だ雨の降る屋外へと飛び出した。家を出るまでの間何度も何度も臨也におとなしく寝ているよう言い聞かせながら。
バタンと盛大な音をたてて閉まった扉をぼんやりと眺めながら、臨也は携帯を取り出し馴染みのメールアドレスへとメールを送信した。薄く小さい枕に顔をうずめながら、臨也は自分でも気づかぬうちに穏やかな笑みを浮かべていた。
「まったく…笑えるくらいお人よしな子だな…。気が抜けた…」
そのまま臨也は、何年ぶりかもわからない程久々に穏やかな眠りについた。
*
朝、目を覚ました臨也の視界に飛び込んできたのは、壁に背を預け眠る帝人の姿だった。どうやら代えの布団であるらしい掛け布団を申し訳程度に膝にかけられているものの、しっかりとした睡眠でないことは明らかで。臨也はふう、とため息をつくと帝人の身体を起こさないように布団に移動させ、既に乾いたらしい自身の上着をその小さな肩にふわりとかけ、そのまま彼のアパートを後にした。
楽しそうに歩く彼のポケットから、着信音が鳴り響いた。それに臨也は笑みを深め、通話ボタンを押した。電話の向こうから聴こえてきた声は、不機嫌そうにぶつぶつと臨也へと文句を告げる。
『全く、何で私が猫なんか拾わなきゃなんないのよ』
「まあ、いいじゃないか。どうしてる?猫」
『給料あげてもらうわよ……今はおとなしく寝てるわ。貴方の椅子でね』
「へえ、ありがと。今から帰るからー」
『途中で死ねばいいのに』
ぶつりと切られた通話を気にすることもなく、臨也は再び楽しそうに歩きだした。
「今度、お礼に見せてあげなきゃね」