弁当男子
クラスメイトの証言
「せんぱーい」
それは二時間目の休み時間に見慣れた光景になっていた。
先輩と呼ばれているのは、名前だけは仰々しい級友竜ヶ峰帝人のことだ。クラス委員という肩書きと、何処かエアコンを彷彿させ、それでいて大層な名前に圧倒されるが、外見、中身共に平凡を絵に描いたような男だった。
そんないかにも何処にでもいる、空気のような存在だったクラスメートの身の上に変化が訪れている。この訪ねてきた後輩、名は黒沼青葉と言うそうだがは、委員会が同じということで知り合ったという話だ。
その姿は愛らしく天使のようで、中学生、小学生にも見えかねないほど、幼く小さな体をしている。竜ヶ峰にまっすぐ駆け寄る姿は子犬のようだ。
それが、どうして毎日弁当を届けることになったのかはわからないが、羨ましくも、悲しい気持ちになるのは、この後輩の性別が男だからだ。
これが女子であれば、クラス中の羨望の眼差しを受けただろう。女子が騒ぐほどの可愛いらしい容姿であり、それは認めるところだが、それでも同性には興味はない。
なによりも、当の先輩である竜ヶ峰にも興味はないようだ。それでも、毎日のように作ってくるのだから、健気という単語が浮かんでくる。
今時、これほど健気な彼女は滅多にいない、つくづく男にしておくには勿体ない、羨ま……、いや、そんなことはない、ないはずだ。羨ましいのはあくまで弁当であり、後輩に対してではない。
「はい、お弁当です。少し暑くなってきましたからちゃんと食べてくださいね。先輩は食生活偏りすぎですよ。もう少し気を配ってください」
そんな話をしながら弁当を渡している。まるで世話女房だ。一人暮らしらしい竜ヶ峰にとっては嬉しいことだろう。羨まし……くなんかない。相手は男だ、男なんだ。
「いつもありがとう、青葉君」
「いいえ、先輩のためですから」
「もう、止めてよ。恥ずかしいよ」
なにがどう、『ため』なんだろうか、そして、なんでそれを恥ずかしがるだけで受け入れているんだ。男なんだぞ、男なんだぞ。
あ、そういう意味ではないんだよな。でも、それ以外の意味でどうしてここまで尽くすんだ。何かあるのか……
大人しくて、存在感がない竜ヶ峰に何があったのだろうか、まさかこの大人しそうな竜ヶ峰がこの後輩を脅して、いやだからといって弁当を強要するのもおかしい。それにこの後輩からには、無理強いされている感じはしない。
恋愛感情などではないだとすれば、この仰々しい名前からすると、この後輩は先祖代々竜ヶ峰家に仕えている家系なのかも知れない。メイド、そんな言葉が脳裏を過ぎり、チラりと見たメイド喫茶の服装をしている少年の姿が浮かんだが、やはり男、男なんだと首を振りその姿を追い払う。
届けるだけで返って行く後輩の小さな後ろ姿を見送りながら、あんな子がいたらいいなぁと、抑えきれない自分の思いに目眩を覚えた。
そんなことあってはいけないのだ。あれは男の子なのだから……
そして、その日の竜ヶ峰の弁当には、ピンクのでんぶでハートマークが、そして海苔と玉子で『先輩Love』と書かれていた。
「もう、青葉君は……」
そう言って口を尖らせる竜ヶ峰の横顔に、悔しいと一瞬だけ過ぎった己の心を理解したくなかった。