弁当男子
弁当男子ー青い二段弁当箱ー
「あの後輩が女の子だったらとか思いませんか?」
「竜ヶ峰さん応えてください」
「ちょっと、何言ってるんだよ。もう、やめてよ」
それはささやかな僕の日常の中で起こった些細な変化だった。
二時間目後の休み時間、僕は少しだけクラスの注目を浴びることになる。それは、毎日のようにやってくる後輩が原因だ。
「せんぱーい」
声を響かせて教室へと入ってきた少年は、制服を着ていなければとても高校生には見えないほどの幼い表情を見ている。
静かに教室の注視が僕に注がれている。少しこそばゆいような、恥ずかしいそれを受けながら僕は少年が机の前に来るのを待っていた。
「はい、お弁当です」
「いつもありがとう、青葉君」
「気にしないでください。先輩のためですから」
じゃあ、と天使のような笑顔で少年が教室から出ると、毎日のことなのに好奇心に満ちた沢山の瞳が、一点に注がれているのを僕は感じた。
「今日はどんな弁当なんだ?」
そう覗き込もうとするクラスメートを僕は押しのけていく。
「もう、やめてよ」
まるで弁当を守るように抱き抱えながら、顔を赤くして僕は教室を飛び出した。
教室からは揶揄するような声が聞こえる。毎度、毎日との繰り返しだが、僕もクラスメートも慣れることを知らない。
赤く染めた頬が熱を孕みながら、僕は少し離れた場所にあるトイレまで走った。
弁当を抱えたままトイレに行くことに、初めは抵抗を感じていたが今ではそれにも慣れてしまった。
この場所が一番落ち着き、かつ安全なのだ。ゆっくりと包みを開き、中から一枚の紙片を取り出す。
そこに書いてあることを何度も暗唱すると、僕はトイレにその紙を破り流した。水に溶けて消えるという紙の威力は絶大で、消えゆく前に紙片は藻くずへと変わっている。
ようやく落ち着き、大きく息を吐いてからクラスに戻るタイミングを計っている。余り早く戻ると、再び追及の手が伸びるからだ。それ自体どうと言うことはないのだが、毎回ともなると正直辛い。早く飽きてくれないかと思うが、そのお陰でこうしてメモの確認はしやすいのもあって助かっている。
それを狙っての青葉君の演出もあるのだろう。彼は己をよくわきまえていて、その愛らしい容姿をフルに活用してくる。
それに気付いてしまえば腹立たしく思うこともあるが、一見、爽やかで純粋なその顔を見ると羨ましく嫌な気持ちにはならない。正直、得な性分だと思う。それが、元来備わっていたモノなのか、後天的なモノなのかはわからないが、僕はそれに騙され、今はそれを利用させて貰っている。
こんな茶番のようなことを始めたのは、情報漏洩の疑いを感じたことからだ。青葉君が厳選したというブルースクウェアのメンバーを疑ってはいないが、そもそも信じていないのだから疑いようもないが、目的を同じとしている今、僕を裏切るメリットも、漏洩する事へのデメリットをも考えればブルースクウェアへの疑念はない。デメリットしかないことをする集団ではないからだ。
ならばと、考えたときに漏洩が多岐に渡っていること等を考えて盗聴の可能性が強いことを考えた。
主な連絡手段を携帯電話で行っていることから考えると、携帯への何らかの関与が考えられる。
買い換えればいいという事だが、一斉に、もしくは順繰りにすれば相手に気付かれたと悟らせるだけであって、それに気付けば相手も新たな手を打ってくるだけだ。
これだけ巧妙に事を運ぶことが出来る相手だ。次の手を打たれても気付ける可能性は低い、ならばこちらが相手を掴むまでは泳がせる方が得策だろうと結論したのだ。
その為の弁当だ。原始的な手段だが重要な事項のみ弁当箱にメモ入れ伝達を行っている。こちらからは、容器返却の際にメモを忍ばせている。
また、このやりとり以外でも廻したいときは、お弁当のお礼だとか理由をつけて何かを渡せばいいのだ。
おそらく監視の少ない学校という閉鎖空間の中で、理由を付けて後輩と先輩が会うには都合のいいシチュエーションだ。
これを提案されたとき初めは色々と疑ったが、今ではよく出来た手段だと関心している。青葉君の外見も伴うこともあって、騒ぎ立てるクラスメートから逃げるという口実でこうして籠もれることも助かっている。
そうでなければ、弁当を抱えてトイレになど逃げ込むことは出来ない。そんなエスケープの手段も考えて、青葉君の作る弁当は見た目を意識して作られている。過剰なまでに……
やりすぎたとは思うが、それに助けられている身としてはありがたい。それに、演出というモノと、自分の身を使うことの有用性も教えて貰った気がする。とても、僕には出来ないことだけど…………
いや、こんな平凡で地味な男子が、後輩の男の子からお弁当を貰っているというだけで奇異に映るはずだ。確かに、これは僕だけの特性とも言える。
それに、お弁当はとても美味しいのだ。
雨が降っている日は憂鬱だ。いつもは屋上で食べる昼食を教室で取らなければならない。
注視の集まる中に、蓋を開けると地味ではあるが、野菜の多いお弁当が現れた。いつもの派手さのないそれに、クラスメート達は去っていくが、僕としては地味なところが嬉しい。なによりも、実家を離れてから少し経った僕には、家庭的な料理が嬉しかった。
「黒沼君は凄いですね」
サンドイッチを食べながら園原さんが言う。園原さんが作ってきた小さなおかずと、青葉君のお弁当のおかずを交換する。青葉君も許してくれるだろう。
細く切った根菜を何かで巻き付けたモノと、卵焼きを交換する、僕は今日は入ってないけど、青葉君の綺麗なだし巻きも好きだけど、母の作るそれに少し似ている甘くて少し崩れた園原さんの卵焼きも好きだ。
そんな楽しいランチをしていると、荒く息を乱しながら青葉君が教室へと駆け込んできた。
「先輩」
「どうしたの? 青葉君」
こんなに取り乱している青葉君は見たことがない。クラスメート達も状況を見守っている。
とことこと、肩を息づきで上下させながら青葉君が近付いてきた。
「すみません、先輩。お弁当大丈夫でしたか?」
「えっ? いつも通りだけど」
僕にはお弁当の中身よりも、連絡事項の方が大事だったから、なにかそちらに問題があったのではないかと考えたが、問題はなかった。紙もちゃんと溶けて消えていったし…………
「よかった。すみません、実は母のお弁当と間違えてしまって」
その言葉にクラスがざわついたが、僕と園原さんは気にしなかった。青葉君が弁当を作ると言ったときに、彼が母親と自分の弁当を作っているから一人増えても問題ないと聞いていたからだ。材料費云々に関してはクラスメートには、パソコン等を教えていると言ってある。正当な対価であると告げているが、実際はブルースクウェアの活動費から出して貰っている。
「お母さん大丈夫だったの?」
「はい、母から連絡貰って、もうすみません。食べれないモノとかあったら……」