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平和より平穏を嫌う貴方だから

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平和より平穏を嫌う貴方だから


 シュッシュッと仕立てたばかりの麻の浴衣の衣擦れの音だけをたてて雲雀が部屋に戻って来た時、上着を脱いだだけでベストも脱がないまま沢田綱吉は横たわっていた。自らの片腕を枕にすやすやと寝息をたてている。
 畳を入れ替えたばかりだからい草の匂いがまだ色濃く漂っている客間で健やかに眠る彼を見て、知れず小さな溜め息をつく。反対側の廊下から草壁が冷茶を運んできたのを盆ごと受け取って自分だけ入室する。
 時間が無い中の訪れで、至急の用件をいくつか話す筈だったが、眉間の皺や目の下の隈やこけた頬を指先で辿っても起きないところを見ると深く寝入っているようだった。
 裾を払って膝をついたところで、人の気配に綱吉が身動いだ。
「寝るならこっちにおいで」
 綱吉は、子供のように従順に雲雀の声の方へのろのろと頭を上げて、雲雀の掌の指す場所へぽすんと倒れ込む。しばらくもぞもぞと動いて居心地のよい場所を作って納得したのか、口元を綻ばせて無防備な寝顔を見せた。

 廊下に控えていた草壁が雲雀に呼ばれて部屋へと入ると膝の上で無防備に眠るドン・ボンゴレがいた。驚きを全力で隠す。
「今日の夜のスケジュールを全部明日以降に調整しておいて」
「かしこまりました」
 指示が無かったが、雲雀が用意させた綱吉用の浴衣が入る木箱と団扇をそっと差し入れて人払いをする。人が群れることを嫌う雲雀なので、元々ひとけが少なかったが万が一を考えての草壁の采配だった。

 あぐらをかいた膝の上に綱吉を乗せた雲雀は、所在なげに方々に跳んだ綱吉の髪の間に指を差し込む。思ったよりも柔らかな手触りだったので、そのまま頭を撫でる。昼間の熱気が指に絡まっては少しずつ温度が逃げていく。
 十畳程の和室は中央に低いテーブルがあるだけで、二人がいる奥まった場所は斜めに入る日差しも届かない。
 廊下の端にある南部鉄の風鈴がチリンと鳴る。
 庭の木々が風に揺れる。
 遅れて雲雀の髪もそよぐ。
 鳥のさえずり、風の通る音、綱吉の寝息が部屋の隅々まで行き渡る。
 ベストのままで暑いのか綱吉は時折肩をゆする。それでも目覚めないのでそのままに、雲雀は綱吉を撫で続ける。出会った頃の幼い顔で眠る綱吉の唇をそっと摘んでみる。
 考えてみれば、この唇はいつも予想がつかない事を言い始める。


 い草の匂いは綱吉の記憶をかき混ぜる。
 いつものように窓から登場した雲雀に、綱吉は恐る恐る『次からは玄関から入ってきてもらえますか?ランボが真似をすると困るんで』と、聞いてみた。
『その子の躾まで僕がするの?』
『違います。かっこいい大人の真似をしたがる年頃なんです』
『かっこいい?大人?』
 雲雀の前で騒ぎ出さないように、しっかりと綱吉の両手に抑え込まれているランボは雲雀の登場に目をキラキラさせていた。
『オレッチもヒバリみたいにそこから入るもんね!!』
『ランボちょっと静かにして。雲雀さんのことすっげーかっこいいってすぐ真似をするんです。今朝もそこからベランダに背中から落ちて』
 綱吉の語尾は小さくなっていく。見れば、いろんなものがつきささっている膨張したランボの髪の中にはトンファーらしきものが刺さっていた。
『で、止めろと』
『善処していただけたら嬉しいなぁって』
 ハハっと取り繕うように笑う綱吉に腹が立って一度トンファーで殴ってから音を立てて窓を閉める。言いたいことがあるならはっきり言えばいい。機嫌を伺うように問われることは腹立たしくてしょうがなかった。
 沢田の家にいるんだからあの子だってただの子供じゃないだろうと思っていると、公園でよたよたと鉄棒の上に立って頭から落ちたところを目撃してしまった。火が点いたようにランボは泣きさけぶ。いつも一緒にいる中華娘も綱吉もましてや赤ん坊もいなく、しばらく眺めていた雲雀は、ついランボを抱き上げる。
 雲雀を見上げて、ランボはぱぁっと泣いていたのを忘れたかのように、目を輝かせた。
『ヒバリ!ヒバリ!あんねー、オレッチ、そこの上に立てるんだぜ!』
『落ちて泣いていたでしょ?』
『今は落ちてもすぐ、ヒバリみたいにすぐ立てるもんね』
『僕ときみは違うよ』
『なんで?』
 綱吉と違って自分の機嫌をとろうとせず、まっすぐにみつめてくるランボの眼差しは純粋に疑問を呈していた。雲雀はその答を持ち合わせていなかった。

『雲雀さん!ランボも!』
 ランボを肩に乗せて雲雀が玄関に現れた時、綱吉は相当びっくりしたのか大きな目を更に見開いた。
『ヒッバリー!あと一周!』
 どうやら町内を一周したらしい。ランボは上機嫌で雲雀に強請るが、綱吉はそれどころじゃなく慌ててランボをひっぺがした。
『雲雀さん、ごめんなさい、ランボがお世話になりましたっ』
『なんで君が謝るの?』
『一応、ランボの世話係だし…』
『イライラする』
 ズガーン!と銃声がして、雲雀の目前でゆらりと大空の炎が揺らめく。雲雀の愛すべきといっていい戦闘能力の上がった綱吉に代わる。
『見ているこっちの方がイライラする。表でやってこい』
 愛用の銃口の煙をふっと吹く赤ん坊が階段の上から下りてきた。どんな角度で撃ったのだと問う野暮な人は誰もいない。返事代わりに雲雀はトンファーを両手の平に落とし、綱吉は両手の平の毛糸の手袋をグローブへと変える。

 ふふ、と綱吉は自分の笑い声で目を覚ました。
 夢を見ながら笑って起きたこと、雲雀が自分を覗き込んでいること、その雲雀の膝で寝ていたこと、全てを同時に知覚して絶句する。
「す、すみませんっ!俺、どのぐらい寝てました?」
 慌てて起き上がる。
「何を見ていた?」
「や、全然覚えていないです」
 懐かしい風景が夢の片鱗として綱吉の脳裏をよぎり散消していく。雲雀の手が自分へと伸びてくるのをゆっくりと認識してシャツのボタンを外され始めてぎょっとする。
「ひ、雲雀さんっ!?」
「そんなに汗かいて。着替えならそこにある」
 振り返ると浴衣が置いてあったが、綱吉は自分で着ることはできなかった。
 夕風のようにゆらりと立ち上がった雲雀は躊躇う綱吉にハンガーを渡し、服を脱ぐように促す。
 びっしょりと寝汗をかいたシャツを脱ぎ、アンダーシャツも脱ぐ。その背中に雲雀がしじら織りのそれを羽織らせて適当に裾の長さを合わせてくるりと帯を回した。
「下は適当に脱ぎなよ」
 縁側へと向く雲雀の背中で綱吉は着崩さないようにスラックスを脱いで靴下も脱いだ。黒一色だと思ったそれはうっすらと縞模様が入っていた。今まで着たことのない大人用で背筋が伸びる。
「雲雀さん、ありが——」
 雲雀の向こう側、すっかり日の落ちた夜空にパァンと大輪の花が咲いた。遅れてドーン!という花火が開く音と空気の震えが届く。綱吉は無邪気に雲雀の横にかけよって満面の笑みを浮かべる。
「今日だったんですね、並盛の花火大会。ショバ代稼ぎに行かなくていいんですか?」
 雲雀はさっきまでの幼い顔から男の貌へと変えた綱吉を無言で見る。
 自分を恐れた草食動物はもういない。
 今ここにいるのは、ボンゴレ10代目という草食動物の皮を被り、能ある爪と牙を隠した男だった。