川を渡る
(すげーはしゃいでしまった気がする)
水谷は帰り道、ポケットに手をつっこんでだらだら歩きながらそう思った。しかし今日の出来事を頭の中でおさらいしてみると、自然とニヤニヤしてきてしまって、通り道を横切る猫にまで不審な顔をされた。
行きとは違った表情で赤い橋が水谷を迎える。欄干が長い影を伸ばし、歩道にオレンジとグレーのストライプを描いた。川は夕日を映しながら今日という日を流していく。
水谷は橋の中ほどまで至ると、栄口の家の窓から見た風景を思い出した。
(この川が多分あの川なんだな)
向かいからやってくる自転車のベルに促され、欄干に身体を寄せた。
水谷はまた思い出す。ごめんカルピスしかないやと謝りながらグラスをテーブルに置く、腕まくりした袖と少し濡れた手。栄口の弟のものだというゲーム機とコントローラー、鮮やかなテレビ画面、笑う栄口の目じり。
橋の下には昼と同じように川があったが、水谷にはその流れがいくらか速くなったかのように見えた。
無意味に心の中がざわついた。
俺はもう戻れないのかもしれない。水谷のそんなつぶやきを溶かして、川は海へと水を運んでいく。
部屋の明かりをつけると外は暗く、窓ガラスにぼんやりと自分の風呂上りの姿が映っていた。カーテンを閉めようと近づいたその窓から夜の町並みが見える。
水谷が『あのへん』と言ったあたりに光がチカチカとまばたきした。
栄口はふと、そういえば母さんがいなくなってから家に誰かを入れたのって初めてだな、と気づいた。
ひとつの勘が、さぁっと頭の中をよぎった。
まさか、考えすぎだ。栄口は打ち消すように首にかけていたタオルで乱暴に髪を乾かした。
(まぁあいつはいたるところで隙が多いからなぁ)
栄口は窓枠に手をつけて遠くを見る、水谷の少しまぶしそうな横顔を記憶の中でなぞった。