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その愛ゆえに

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成歩堂と御剣の間に挟まれた少女は成歩堂の袖を掴んで言った。
「この人、誰?パパの敵なんだったらみぬき、魔術で消しちゃうよ?」
‥‥‥随分と恐ろしいことを言う子だな。
「‥‥この人はね‥‥‥敵なんかじゃない。パパの大切な人なんだ。」
(‥‥‥今更、何を言っているんだ。)
御剣は怒りで拳を握りしめた。『大切な人』なら‥‥‥どうしてあの時、別れたッ!
「だからみぬきは心配しなくていいから向こうへ行ってなさい。」
「でも‥‥。」
「行ってなさい。」
成歩堂が有無を言わさぬ表情でそういうと少女は少し怯えたような表情で走り去っていった。
‥‥かなり可愛らしい子だ。母親は美しい人なのだろう。
「‥‥私のいない間に娘まで作って‥‥随分健勝そうじゃないか、安心したよ。いい女性と出会ったようだな。」
笑ってみせる。‥‥いや、笑ったつもり、だった。
私は‥‥‥上手く笑えていただろうか。
「な‥‥‥。」
成歩堂は顔を真っ赤にして言い訳した。
「ち‥‥違うんだ、御剣!ぼくは結婚したわけじゃなくて‥‥これは依頼人の子供で‥‥。」
「‥‥‥何を言い訳している?私とキミはもう恋人でも何でもないのだから言い訳する必要もないだろう。」
「ねえ、御剣‥‥さっきから遊びだとかなんだとかいってるけどさ‥‥。」
成歩堂は非常に言いにくそうに言った。
「もしかして、御剣まだぼくのこと、好き?」
(決まっているではないかッ!)
思わず言いそうになって言葉を飲み込んだ。
「そんなわけ‥‥ないだろう。」
「じゃあ、御剣は本気でぼくがキミのこと遊びとして付き合っていたと思ってる?」
「‥‥違うの、か?」
「‥‥そんなワケ、ないだろ。遊びで十五年間は追いかけない。」
「じゃあどうして‥‥‥どうして‥‥別れたッ!?私に何か至らない点でもあったのか?‥‥それとも別の人物を好きになったのか?」
僅かに目が潤むのが自分でも分かる。こんな表情や態度は成歩堂のことが好きだという証明以外の何物でもないのだが御剣には今の自分をコントロールするだけの自制心はなかった。
成歩堂がやれやれ、といったように笑う。泣き笑いのようなその表情は七年前のそれとおなじだった。
「分からないかな‥‥‥キミのことは今でも大好きだよ。だからこそ、キミにメイワクをかけたくなかったんだよ。」
「メイワク?」
「ぼくは弁護士をやめた。」
やけにはっきりと成歩堂がいう。御剣が認めたくなかった事実の一つ、だ。
「‥‥その、復讐が必要だったんだ。ぼくを陥れるための復讐が。‥‥とても、危険な仕事だったからキミを巻き込む訳にはいかなかった。心配かけたくなかったし、だから‥‥‥。」
「ば‥‥馬鹿者ッ!」
嫌われていたわけではなかった。‥‥安堵のため息が洩れる。
――――でも。
危険なんか、構わなかった。心配なら、いつもしている。だから、それでも――――。
それでも、私はキミの傍にいたかったのに。
「確かに重みが違う、ね。」
「?」
成歩堂がなんの話をしているのか分からずに御剣は顔をあげる。
「ぼくはキミのことが好きだったのに‥‥キミを避けてた。‥‥ぼくの七年間の方がずっと重い、な。」
「‥‥‥ッ!」
そうか、やっと気づいた。
私は‥‥‥私はずっとキミに‥‥こんな思いをさせていたというのか。
「キミを遠ざけるために‥‥ワザと別れたんだ。」
――――その愛ゆえに。
(『キミをバカにするようなことを言ってこの事件に近づかないようにしたつもりだったのに‥‥。』)
ああ、同じだな成歩堂‥‥‥とても似ている。
でも、誤解が解けても、それでも――――もう、あの頃には戻れない。
御剣はため息をついて笑ってみせた。
「キミはもう、私の好きだった成歩堂龍一ではない。」
「み‥‥‥。」
いつかも同じように思った。もう、あの頃には戻れない、と。
「御剣!」
まだ何か言いたげな成歩堂に背中を向けた。
(『私たちは出会うべきではなかった。』)
――――そう、大丈夫。これで何も間違ってはいない。決してあの頃には戻れないし、元々出会うべきではなかったのだ。ただ、少し実現するのが遅くなって‥‥‥胸の痛みが増しただけ、だ。
そして‥‥‥あの三年間はきっと―――夢のような幻想だったのだろう。
―――信じた方がバカ、だったのだ。
無論、キミがどう思うかは知らないが。

作品名:その愛ゆえに 作家名:ゆず