頭が忙しい
「……水谷は?」
パンを食べながら野球雑誌を読んでいた阿部は、栄口の少し怒りのこもった声を聞き投げやりに手を振った。
「あいつ俺の古典の教科書の清少納言をタモリにしやがった」
黒いペンで、曲がったサングラスと『タモリ』と書いてある肖像画を見たら、阿部は思わず吹き出してしまった。
他人事だと思って。栄口が愚痴ると、阿部は、そうだな最近は他人事だなと思い返しながら言った。
「栄口、水谷になんか言ったんだろ?あいつそう言ってたぜ」
頭の中をあの日の出来事がリプレイされる。俺だけにかまわれてろ。水谷は水谷なりにあの口約束を守っているのか。思考回路をぐるぐると回るセリフは阿部には言えない。
「水谷もお前に言われりゃちょっとは反省すんだな」
「なんで?」
「だってお前ら親友なんだろ?」
「はぁ〜?」
阿部にそう指摘されても栄口は素直に頷けない。自分と水谷の関係は親友という言葉からイメージする、清く正しい感じが抜けているように思えた。
「親友っていうよりは……お互いに執着を持ち合ってるっている友達かなぁ」
「執着ねぇ……なんだかそれって、」
言葉を続けようとした阿部が、わざとらしくまた野球雑誌に視線を戻した。
「うっわー、なんだよその態度!」
「別にィ」
思わせぶりな態度の阿部に栄口は詰め寄る。何を問いただしても仏頂面で白を切る阿部の向こうに、ちょうど教室へ入って来た水谷と目が合う。
水谷は自分たちに声をかけるでもなく、ただ遠くからこちらを見ていて、その目はやけに暗い色をしているのだった。
その時初めて、栄口は自分たちの間にある執着というものが少し、分かった気がした。