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【LD1】夕暮れ【ベルジャン】

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B×G
 
》夕暮れ


 今日も長い1日が終わった。
 受話器を置き、ふと溜め息を吐きながら窓の外へと視線を向ける。
 実際にはまだまだ今日の終わりなんて見えていないが、灰色を濃くしていく空を見るとそうも思いたくなる。段々と闇が迫る、そんな時間だった。
 せめて晴れていれば、この夕暮れの空を染めているのは俺の大好きなハニーイエローで、俺がうんざりした気分になることも、若干の恐怖を感じることもなかったのだろうが、あいにくとこの曇り空だ。明日の朝には冷たい雨音がこの窓を打っていることだろう。

 ああ、またジャンのことを思い出してしまったな。

 口の中だけで呟いた独り言は、部屋にいる部下達に聞こえることもなく腹の奥底へ消えていく。
 仕事中は出来る限りジャンのことを考えないようにしているせいか、気が少しでも反れるとすぐに思い出しては反芻してしまう。
 そんな自分があまりにも重症に思えるから、思い出さないようにしているのだが、残念なことにその効果は期待できなさそうだ。
 どうしたってもう、俺はどうしようもなく重症なのだから。

「コマンダンテ」

 部下の声に顔を戻せば、受話器の1つが差し出されていた。
 大量の通信先との電話番はすでに部下に配分してあったが、それでも俺がいるに越したことはない。こんな風に電話を代わることも多々、だ。仕事は少しは減ったが、それでもやはり抜け出せない部分がある。
 コードの先を見れば、どこからの連絡かは報告されなくてもすぐに分かった。

「N.Y.か。―――どうした、何か大きな変動でもあったか」
(いえ、まだ変動には出ていないのですが、こちらで○○社の噂が聞かれ出していまして)
「噂?」
(それが、病気療養中だった会長の容態が思わしくないようだ、と)
「…あそこはその会長がやり手だったから大きくなった会社だぞ、コレは…」

 直接CR:5に関わることではなく、あくまで俺個人の株取引の電話だった。
 迅速に判断が必要、かつ曖昧でいまいち打ち手に欠ける、そんな内容だったから部下も俺に電話をよこしたのだろう。俺は脳の中を駆け巡ってN.Y.マーケットの情報を探し回る。

 ふと、ジャンを思い出した。
 あのときのように…、と。
 駄目だ、人間、1度あの甘い甘い幸運のおこぼれに預かるとすぐにアレを頼りにしてしまう。幸運のような掴み所のないものばかり当てにしていては、いつ足元をすくわれるか分からない。
 最も、当の本人はLuckyを当てにするどころか、そういえばラッキーだったな、ぐらいの認識でしか持ち合わせていないのだから、足元をすくわれたりすることもなさそうだが。

「とりあえず、持ってる量が多いだけにその噂だけでは動けないな。噂の信憑性を確かめてくれ。それから変動があったらすぐに…」

「コ、コマンダンテ…」

 部下がかなり申し訳なさそうに、また受話器を差し出してきている。
 会話中でも遮ってとにかく渡すように伝えているのは、本当の緊急時かあとは―――。

「ジャン?」

 ひったくるように受話器を取れば、向こうからは部下より更に申し訳なさそうな声が返ってくる。

(あ、あのさー。何かお取り込み中だったんじゃないの?もしかして俺、最悪のタイミングにかけた?)

 耳をくすぐる弱気な声は、俺にとっては神にも値する。

「そんなわけないだろう。お前からの電話より大事なものはなかなか存在しないよジャン。ところで、何か報告かい?」

 N.Y.じゃそわそわしながら部下が受話器の向こうで待ってるんだろうが、そんなことはお構いなしだ。俺は今、幸運の神様と直接会話することが叶ってるんだから。

(いや、別に大した用事じゃなくてさ。…もし手が空いてたら夕飯にでも行こーかと思ったんだけど)

 神様、株は売るなってことかな?

(でもあんた今忙しそうだし、やっぱいいや)
「や、ジャン!そこまで忙しくないよ。お前が誘ってくれるなら今夜は是非、俺と夜景を見ながらのディナーにでも洒落込もうか」
(…あんた今、部下がいる前で言ってんだよな、ソレ。いっぺん自分の言動を思い返してみろ)

 確かに同室内に部下が3人いるが、どれも電話を取ったりメモをとったり会話を聞き逃そうとしていたりと、俺とジャンの電話に対して完全に無視を決め込んでいる。
 さすが、俺が電話番を譲った部下だけはある。

「そんなこと言わずに、ジャン。大丈夫だから」
(…OK、あんたがイイって言うんなら別に俺はかまわないんだけど、とりあえずまだ仕事終わってないんだろ?ソレはちゃーんと終わらせてから、な。いいか、あと30分は絶対に来んなよ)

 30分は来るな、…か。

「わかったよ、ハニー。30分したらまた電話する」

 CR:5本部、カポの部屋と繋がっている受話器を部下に渡しながら、俺は1拍も置かずに片手に持っていたもう1つの受話器に向かって言い放った。

「おい、俺の持ってるあの企業の株、全部売れ。今すぐだ。30分以内にはけさせろ」