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煉獄

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side S.H.


 ──それは、野に咲ける花を温室で育てるようなものじゃないのか?
 
 
 坂上修一と名乗って我が新聞部に入部したその新入生を、俺はほぼはじめから女性であると見抜いていた。
 雰囲気や仕草──それもあるが、男と女ではまず骨格からして違う。物事の表層しか見ない一般人の目はごまかせても、俺が相手ではそうもいかない。
 
 それに気付いたからといって、俺はその事について坂上を問い質したり、皆の前で暴いたりはしなかった。そんな事をしても何の意味もない。
 坂上の生活態度は、性別を偽るという危ない綱渡りをしているとは到底信じ難いほどに自然で、綻びひとつなかった。演技をしているとは思えない。まるで坂上自身が自分を男性だと思い込んでいるような違和感のなさ──しかもそれは、ある特定の人物を模倣しているかのような物腰なのだ。
 とにかく、坂上を叩いても埃は出ない。それより俺が気になったのは、坂上を男子生徒として受け入れた学園側の思惑だった。
 表向きこそ、自己申告の調査書ぐらいしか身元を証明するものを要求しない学園だが、裏では徹底した素性調査が行われているのを俺は知っている。坂上が女性である事を学園が把握していない筈がない。
 ならば何故。
 そんな疑問を抱いた俺に答の一端を提示してくれたのは、坂上の幼なじみだという二年生の存在だった。
 
 そいつ──荒井昭二とは、以前から個人的な付き合いを持っていた。波長が合うということもあったが、俺が荒井に近づいたのは奴が鳴神学園校長荒井の息子だったからだ。
 
 なるほど、校長までもが力添えしているからには、坂上にはよほどの事情があるのだろう。しかしそれにしても荒井の坂上に対する言動は、あまりに過保護なものだった。
 朝は必ず一緒に登校し、昼休みには屋上で昼食を共にしている。そればかりではなく、部活の無い日はもちろん、部活で遅くなる日でさえ図書室で時間を潰し並んで帰途につく。
 
 坂上にそれとなく荒井について尋ねれば、幼なじみというだけではなく今ではひとつ屋根の下で暮らしているらしい。
 
「両親は随分前に亡くなりました。ひとり取り残された僕を可哀相に思って、家族ぐるみのお付き合いをしていた荒井さんが引き取ってくださったんですよ」
 
 出来過ぎたドラマのような美談だった。少しつつけば脆く崩れてしまうような、お粗末な捏造だ。
 それを事実だと認識している坂上を、荒井一家は積極的に許容し、その硝子細工のような殻に閉じ込め庇護している。
 
 なんといびつな関係だろう。
 
 間違った治療法によってさらに深みへと堕ちてゆく坂上を、哀れだと思った。
 可愛い後輩が傷を化膿させていく様を、このまま見過ごすわけにはいかない。
 
 それは、単なる同情に過ぎない筈だった。
 
 
 
 
 六月、新聞部の企画として七不思議の集会が開かれることになり、日野貞夫は坂上を聞き役に任命した。積極性に欠け、未だ心理テスト以外の記事を受け持ったことが無い坂上に自信をつけさせてやりたいとの思いからで、他意は無かった。語り部のひとりとして荒井を呼んだのも、他に適役がいなかったからだ。
 
 しかしその事が思わぬ結果を招いた。荒井以外の語り部達までもが坂上を気に入り、連日坂上の教室や新聞部に顔を出すようになったのだ。
 
「何だ、今日は坂上君は来てないのか」
 その日も、語り部のひとりである風間望がふらっと部室に訪れた。
 取材メモを読み返して原稿に起こしていた日野が顔をあげると、風間は坂上のいない部室に用は無いとばかりに退室しようとしていた。
 
「待てよ風間。お前、妙に坂上を構うじゃないか。男には興味が無いんじゃなかったのか?」
「ははは、まさか日野、気付いてないんじゃないだろうね。坂上君は、女の子だよ」
「……お前も気付いたのか」
「当たり前だよ。この僕がレディーと野郎を見分けられない筈がないじゃないか。坂上君が何故男装なんかしているのかはわからないけど、いずれ僕の魅力で悪い魔法も解けてしまうさ」
 
 高笑いしながら去っていく風間を今度は引き止めず、日野はしばし手を止めて考え込んだ。
 風間のように気付いている者が他にもいるかもしれない。そういう者が詳しい事情も知ろうとせずに興味本位で坂上に近づいたとしたら──?
 クラスも学年も違う荒井ひとりでは守るにも限界があるだろう。いや、一度はしのげたとしても、坂上が男として生き続けているかぎり、その不安が付き纏う。
 
 やはり荒井から事情を聞くべきだ。決心を固めた翌日、意外にも荒井の方から接触してきた。
 
「日野さん、貴方は気付いていますね。【彼】の本来の性別に」
 わざわざ休日に日野の家を訪ねてきた荒井は、単刀直入にそう切り出した。
 どういうつもりなのかと訝りはしたものの、否定する理由も無いので頷く。
 
「だが、何故俺が気付いていると思った?」
「……貴方は無意識なのかもしれませんが、【彼】に対する貴方の態度は、明らかに他の後輩に対するものとは違います」
「ほぉ。どう違うって言うんだ?」
「校外へ取材に行く時にはさりげなく車道側を歩き、満員の電車では壁になって【彼】を守っていたでしょう。しかしそれは【彼】が女性だからでは無い。【彼】が自分が男性であると思い込んでいることに気付いていたからです。貴方は詳しい事情がわからないながらも、できる範囲で【彼】を支えてきた」
 
 日野は荒井の目をちらりと見返し、それから笑いの発作に襲われた。
 
「はははははっ!……確かに、そうだったな。よく見ているじゃないか。で、そんな俺に何か言いたいことでもあるのか?」
「貴方になら、事情を明かしてもよいと思いまして」
 
 そして荒井は語った。一年前のあの日から、繰り返し見る悪夢の事を。
 
「【彼】のクラスには既に協力者がいて、授業中の【彼】を守ってくれています。目が届かないのは部活動中だけです。部外者である僕が毎日お邪魔しては迷惑でしょうから、その間は貴方に【彼】をお願いしたいと思います」
 
 一方的に話を進めて頭を下げる荒井を、日野は冷ややかに見下ろした。
 
「なぁ、荒井。お前、無菌室で育った子供はどうなると思う」
「はい?」
「人間は、細菌に触れることによって体内に抗体を作る。その機会を奪われた状態でいきなり外に放り出されたら、あらゆる菌の猛威に対抗できないまま死に至るだろう」
 言葉の意味を正確に理解し、荒井の顔は蒼白になった。怒りを堪えているのか、唇をわななかせ日野を睨みつける。
 
「僕達が【彼】にしていることが、そうだと言うんですか?」
「……そんなこと、いつまでも続けていけるわけが無いだろう。お前達はあいつを手元に置いて守り慈しむことができたら満足だろうが、それでは坂上自身の為にはならない」
「……」
「男か女か以前に、坂上には人をひきつける魅力がある。あの集会のメンバーがたびたび坂上にちょっかいを出している事はお前も知っているだろう。他の奴がどうかは知らないが、少なくとも風間は坂上が女だと気付いているんだ」
「あの人が……?」
 
作品名:煉獄 作家名:_ 消