煉獄
その名を口にした途端、荒井は眦をつりあげた。風間と荒井はどうもウマが合わないらしく、顔を合わせては言い争ってばかりいる。
荒井にとって、風間は坂上に一番近づいて欲しくない人種に違いない。
「レイプされた女性はな、ほぼ100%男性恐怖症になるんだ。ところが坂上はそうならず、むしろ女性である自分自身を嫌悪した。……何故だかわかるか?」
気に入らない。そう思っていた。坂上が荒井に向ける尊敬、憧れ、そして信頼の眼差し。
当の荒井がその信頼を裏切り続けている事に気付いたからだ。
しかしそれだけではなかった。むしろ大部分は、ただの嫉妬心だったのだ。
「坂上は知っていたんだ。あいつを襲った男は最低だが、そんな男ばかりでは無い事を。身近に、心から尊敬し信頼を寄せる男がいた。そいつを男であるからという理由だけで拒絶するなど、坂上には有り得なかった」
驚きに目を開く荒井を、日野は殴ってやりたいと思った。実行しなかったのは、坂上が悲しむからだ。
「あいつが男としての自分を作り上げた時、誰を手本にしたと思う?お前だよ、荒井」
もしかするとこれは、敵に塩を送る事に等しいのかもしれない。
そう思いながら、日野は言葉を止められなかった。
まず荒井が変わらなければ、坂上を取り巻く世界は何も変わらない。
「坂上の傷は、癒やせる。女も捨てたもんじゃないと思わせてやればいい」
「……随分簡単に言ってくれますね。貴方はあの時の惨状をご存知無いから、そんな事が言える」
「簡単だとはおもっていないさ」
これは断罪であり宣戦布告。
「だから不甲斐ないお前の代わりに、俺があいつから本当の名前を聞き出して見せる」
[09.11.19 - Colpevoleより再録]
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