Christmas Carol Nightmare
第一夜
それは明らかにこの世のものではありませんでした。身体は透けていましたし、その輪郭はうっすらとピンクに発光しています。
日野はぎょっとしてそれをみつめていましたが、やがて怖々と問い掛けました。
「お前は一体……」
「俺か?俺は新堂誠だ」
言い終わらないうちに、幽霊はフードを脱いで名乗りました。見るからに不良といった風情の男です。
新堂はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべたまま、日野の目の前の椅子に、どかりと腰を下ろしました。
「これから俺も含めて六人のゆうれいが、毎晩零時にお前の前に現れて、お前のためになるもんを見せてやる」
「ためになる?」
日野は首を傾げつつ腕時計に目を落とし、その短針が示す時刻に驚きました。
零時。
パーティーで遅くなったとはいえ、それでも二十時にもなっていない筈だったのに、これはどうしたことでしょう。
日野の動揺に構わず、新堂は日野の腕を掴みました。
「さあ、行くぜ」
「何処に!?」
「それは、行きゃあわかる」
ピンク色の渦が二人を取巻き、風が起こりました。思わず目を閉じてふたたび瞼をあげた時、目前に広がっていたのは懐かしい風景でした。
灰色の冬空の下、それでも顔を輝かせて駆けていく子供達。その背中でかたかた鳴る赤と黒のランドセル。
「ここは……俺の母校じゃないか」
「そうだ。お前が十歳の時に転入した小学校さ。……あれを見ろよ」
新堂が指し示したのは、明かりが漏れる図書室の窓辺でした。
「寂しそうに本を読んでいる奴がいるぜ」
知っています。覚えています。
誰もいない図書室で、ひとり図鑑を開きながら、窓の外を憂鬱そうに眺めている少年。
あれは、幼い頃の日野でした。
今でこそ人あたりがよく、広い人脈を持つ日野ですが、昔は転校してきた新しい学校になかなか馴染めない不器用で人見知りをする子供でした。
この日も、クリスマスイブのホームパーティーで浮かれている他の子供達に、遠くからそっと羨望の眼差しを投げ掛けていたのです。
「だが、そんなお前にひとりだけ笑い掛けた奴がいたよな」
帰るのを惜しむようにくるくる駆け回っていた集団から、ひとりの少年が飛び出しました。彼は友人達の輪を離れて、校舎に近づいていきます。
「おーい、日野!」
彼は腕をブンブン回して、二階の窓に向かって呼びかけました。
日野少年はそれに気付くと慌てて立ち上がり、カラカラと窓を開けて彼を見下ろしました。
「神田!」
「お前、図書室なんかに残って何読んでんの?」
「あ、図鑑……昆虫の」
「ふーん、おもしろい?」
「そこそこ」
「でも、本はいつでも読めるよな。下りてこいよ!」
「えっ?」
「これからおれの家でクリスマスパーティーやるんだ!」
眩しいくらいに爽やかな笑顔を日野に向ける彼は、神田拓郎といいます。
明朗活発でクラスの人気者である神田は、十二月という半端な時期に転校してきた日野にも分け隔てなく話し掛けてくれる唯一の人でした。
日野の両親は共に仕事人間です。出張の多い父、いつも夜遅く帰宅する母。クリスマスに家族で過ごしたためしなどありません。
神田が手を差しのべてくれたこの年のクリスマスは、日野にとっては初めての、あたたかな記憶をともなうクリスマスになったのです。
おかえりと出迎えてくれる人のいない帰宅、ひとりぼっちの夕食に慣れていた日野の、冷えきった胸の蝋燭に炎をともしてくれた人──それが神田でした。
「……こんなものを見せて、どういうつもりだ」
「自分の胸に聞いてみるんだな。俺の役目はこれで終わりだ」
気付くと二人は元の部室にいました。新堂はあの嫌な笑みを浮かべたまま壁の中に消えていきます。
精神的に疲れ果てた日野は、睡魔に逆らう気力もなく重い瞼を下ろしました。
作品名:Christmas Carol Nightmare 作家名:_ 消