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うしろの正面

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#1


 知ってる?
 「かごめかごめ」の遊び。
 目隠しした子のまわりをみんなが輪になってぐるぐる回って、「うしろの正面だぁれ?」で止まった時に、背後に立っている子の名前を当てるのよね。
 あれはね、元々は、占いの儀式なんだって。
 ぐるぐる回ると感覚があやふやになって、普段感じないものを感じるようになるってことらしいよ。
 だから昔は、子供達が遊ぶのを傍で大人達が観察していてね、背後にいる子の名前を当てた子供に、すかさず質問したんだってさ。
 今年の収穫はどうか──とか、そういうことをね。
 
 それから、こういう説もあるの。
 目の見えない子供は、はじめから普通は目に見えないものを感じ取る力があって、「かごめかごめ」はそれを高める儀式なんだって。
 あるいは、それが正式なシャーマンになるための通過儀礼だったり。
 
 そうそう、かごめかごめといえばさ、綾小路君って、あれが得意なんだよ。私、小学校が同じだったから、知ってるの。
 彼にも、そういうものが見えるのかもね。
 え?臭いでわかるだけじゃないかって?
 あはは、そうかもしれないけどさ──。
 
 
 
 
 
 
 
 
 綾小路行人は、昔から、死霊を生きている人間と同じように視ることができた。そればかりではない、死霊が放つ現実には存在しない臭いをも感じ取る。それは魚が腐ったような強烈な異臭で、故に綾小路は常にマスクを着用していた。
 死霊の臭いがすると言って信じる者はいない。そこで、表向きはただ嗅覚が人並み優れているだけということにしてある。それなら大抵の人間は納得し、死霊の臭いを嗅いだ時の綾小路の異様な態度をも許容した。
 
 そんな風にして自分の能力と上手く折り合いをつけて暮らしてきた綾小路の運命が狂ったのは、彼のクラスに大川大介という転入生がやってきた時だ。
 大川が教室に入って来る前から、綾小路は異常を察知して危うく失神しかけた。
 廊下から漂ってくる濃厚な死の臭い──大川は、どういうわけか実体化した怨霊の塊だった。
 大川が放つ悪臭はとても耐えられるものではなかったし、怨霊が生徒として通っている事を訴えても誰も信じてくれないだろう。
 それまで死霊をただ視るだけで何の働き掛けをするつもりもなかった綾小路は、大川の存在によってはじめて、怨霊を浄化する術を身につけようと決意した。
 
 やがてクラスメートの風間望から譲り受けた書物とグッズで除霊の力を得た綾小路は、早速大川に向けてそれを使った。しかし、強力な霊能力者の魂を核とする大川の方が一枚も二枚も上手だった。綾小路は除霊に失敗し、大川に取り憑かれる羽目になってしまった。
 
 ──そして六月。新聞部が企画した七不思議の特集のために開かれた集会で、風間はそのことを面白おかしく聞き役の一年生に語ったらしい。
 記事の内容はまたたくまに全校に広まり、大半の者はよくできた作り話だと笑ったが、周囲の綾小路を見る目はがらりと変わってしまった。
 オカルトに精通した暗い男、というイメージがまとわりつくようになったのだ。
 おまけに大川との関係は大いに誤解され、今やふたりは学園でもっとも有名なカップルになってしまった。
 
 綾小路は事態の原因を作った風間を恨み、安易に彼を信用したことを悔やんだ。
 そして今、新聞部の部室の前に立ち、その扉を開けようとしている。
 せめて名誉回復のため、訂正の記事を書いてほしいと依頼するつもりだった。
 
「うちの部に、何か御用ですか?」
 
 まさにノックしようとした瞬間、背後から声を掛けられる。振り返れば、小柄な男子生徒がキョトンとした表情で綾小路を見上げていた。肩章で一年生だとわかるが、それにしても背が低すぎるのではないかと少し心配になってしまう。
 
「あの……?」
「ああ、すまない。君は新聞部員かい?」
「ええ、まだ新人ですけど」
「それじゃあ、この間の七不思議の記事を書いた坂上修一君に取り次いでもらえないか?」
 
 目的を思いだして尋ねると、その一年生は一瞬の間をおいて更に不思議そうな顔をした。
 
「それは、僕ですが……」
「えっ? 君があの記事を……そうだったのか」
 
 それならば話は早いと用件を告げようとしたところで、坂上がそれを遮る。
 
「失礼ですが、貴方は?」
「あ、ああ、まず名乗るべきだったな。綾小路行人だ」
「綾小路さん……風間さんのお話の?」
「そう、その綾小路」
 
 頷くと、坂上はばつが悪そうに俯いた。
 
「抗議に来られたんですね。あんな出鱈目……裏付けも取らずに記事にしてしまって、すみませんでした。反響がすごくて、部長から軽率だとお叱りを受けたばかりで……謝罪に伺おうと思っていました。本当に申し訳ないです……」
 
 ペコペコと頭を下げ何度も謝られてしまい、綾小路はかえって恐縮した。
 
「いや……出鱈目じゃないんだ」
「えっ?」
「風間が君に話したことは、概ね事実なんだ……ただ、あまりにも話が広まってしまって、とまどっているというのが正直なところだよ」
 
 坂上は、一瞬困惑したように言葉に詰まった。しかし、すぐに気を取り直してもう一度頭を下げる。
 
「……事実ならなおさら、不本意ですよね。本当にすみません」
「いいんだ、君のせいじゃない。元はといえば、僕が風間に口止めしておかなかったのが悪いんだ」
 
 謝罪を繰り返す坂上を慌てて止めると、坂上ははっとしたように頭をあげて、それからはにかんだ。
 
「あの、立ち話もなんですから、中に入りませんか?」
「あ、ああ!そうしよう」
 
 気弱そうに見える坂上だが、笑顔は華やかで魅力的だ。綾小路は思わず目を奪われ、反応がやや遅れた。
 坂上に促されるようにして部室に入ると、部長の朝比奈と数人の部員達の注視を浴びた。
 
「綾小路か、この間の記事では迷惑をかけたな。俺の監督不行届きだ。本当に済まない」
 
 そう言って頭を下げる朝比奈の姿はスマートで、さすが人の上に立つ者だという風格がある。
 綾小路は感心しながらも、勧められた椅子に腰掛けて呼吸をととのえた。
 
「顔を上げてくれ。捏造記事を掲載したわけでもないんだから、君達を責めるつもりはない。ただ、その件で頼みがあってきたんだ」
「何だ?」
 
 何でも言ってくれ、と朝比奈は言外に示す。
 
「例の記事は事実無根だという訂正を、次の新聞に掲載してくれないか」
「……そうだな。正直どれほどの効果があるかわからないが、やってみよう」
「すまない。真実を伝えたのに、それをガセだと偽らせることになるのは、心苦しいと思っている」
 
 朝比奈には、ジャーナリストとしての信念がある筈だ。朝比奈が部長になって以降の新聞を読んでいて感じたことを伝えると、朝比奈は照れたように笑った。
 
「綾小路……坂上達も、よく覚えておいてくれ。俺は、報道は事実をねじ曲げるものであってはならないと思っている。だが、必ずしも公表されるべきではない真実というものも、存在すると思うんだ。言論は力だ。使い方を誤れば人を傷つける。もちろん、誰かを傷つける結果になっても暴かなければならない事柄もある──。つまりは、ケースバイケースなんだよ」
 
作品名:うしろの正面 作家名:_ 消