うしろの正面
「そうだな。俺も、そう思う。一年の時から、プロでも通用しそうなくらいの実力で、同じ学年なのに、こいつには敵わないと思ってた……」
坂上が下ろした原稿の表面をそっと撫で、瞳を閉じる。
「朝比奈部長……?」
「お前、この後は暇か?」
「え、ええ」
「日野に、会ってみたくはないか?」
「は、はい!会えるなら会いたいです!」
とまどいながらも、坂上ははっきりとそれを望んだ。
「じゃあ、会わせてやるよ」
白い病室を染め上げる茜色。まるで罪人のようにチューブに繋がれた日野を目にして、坂上は息を呑んだ。
「部長……これって……」
泣き出しそうな顔を見せる坂上に、ゆっくりと昔話を語り聞かせる。それが終わる頃には、坂上の瞳から大粒の涙が零れていた。
それから週に一度、ふたりで日野の見舞いに行くようになった。
一度も話した事がないにも関わらず、坂上は日野をひとりの先輩として尊敬している。
時を隔てて巡り合った彼らが、いつか直接言葉を交わす日が来ることを望まずにはいられない。
「坂上、残りは家でやれ。今日は見舞いの日だろ?」
「あ、そうでした!すぐに片付けます!」
慌てて机の上の物を鞄に突っ込む坂上に、朝比奈は微笑を浮かべる。
二人が去った部室の床に、優しいオレンジの日だまりが落ちていた。