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うしろの正面

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番外編:日だまり


 オレンジのぬくもりが背後から射している。馴染んだリズムで揺れる車体に身を任せ、朝比奈は単語帳をめくった。
 疲れているのか穏やかな寝息をたてて眠る友人の頭が肩に乗っている。少し重いが、邪魔になるほどではない。構わず英単語を脳に詰め込みながら、彼の珍しく無防備な姿に微笑ましさすら感じた。
 
 鳴神学園の最寄り駅から、電車で二駅ほど離れた場所にある進学塾に、朝比奈は中学時代から通い続けている。同じ新聞部の日野貞夫はそれを知り、見学を希望してきたのだ。
 
「電車の中でまで勉強か?」
「起きたのか」
 
 肩の重みが離れた。隣に目を遣ると、日野は軽く伸びをして体勢を変えていた。
 
「一年のこの時期からそこまでしなくてもいいんじゃないか。高校生活は勉強だけじゃないんだぜ」
「俺はお前と違って、そんなに器用な方じゃないんでね。このくらいやっておかないと、すぐに成績が落ちる」
 
 日野は教師からも評判の優等生だが、要領がいいのだろう、ガリ勉タイプというわけではない。勉学も部活もほどほどの取り組みでしっかりとこなし、いつでも余裕を持っている。所謂委員長体質で面倒事を押し付けられやすく、優秀だが堅実な努力型である朝比奈にとっては、悔しくも羨ましい存在だ。
 もう少し状況が違えば目の敵にしていたかもしれないが、朝比奈は日野を疎ましいと思ったことは一度もなかった。
 自分と同程度の知性を持ち合わせ、自分には無い独自の意見や幅広い知識を持ち、対等な会話を楽しむことができる数少ない相手として、かえって大事に思っている。
 
 
「やはり俺には塾は向かないな。勉強は自分のペースで進めるのが一番だ」
 
 見学を終えた日野の感想は、そんなあっさりしたものだった。朝比奈は「だろうな」と頷き、特に引き止めることもない。
 塾に通えばそれなりに時間的制約を受け、時には部活を休まざるをえなくなる。ジャーナリスト志望で部活熱心な日野には、あまり部活を二の次にしなければならないような状況に陥ってほしくない。
 朝比奈は、日野が手掛ける記事が好きだった。まだ一年生ながら取材力にも文章力にも拙いところがなく、そして何より伝える力が凄まじい。
 取材対象が出来上がった記事に文句を言いに来る事は日常茶飯事だが、日野の記事に限っては、抗議どころかわざわざ感謝しにやってくる者までいる。
 朝比奈の記事もそれなりにうまいと定評があるが、日野には及ばないと思っている。
 
 
 移り気な秋の空は清々しい晴天から急に曇り空に変わり、しとしとと降り始めた雨が窓を濡らしていた。委員会の集まりで遅れた朝比奈は、耳にまとわりつくような雨音を煩わしく思いながら部室棟の廊下を急いだ。普段なら今頃は夕日に染まり照り輝いている筈のリノリウムの床は、空模様と同じ鼠色に沈んでいる。
 
「え? 日野が?」
 
 部室で朝比奈を待っていたのは、日野が昨夕交通事故に遭ったという知らせだった。クラスが離れている為か、これまで耳に入らなかったのだ。文化祭前とはいえ、友人の一大事に慌てて病院に駆け付けると、日野の母親の口から面会謝絶の旨を告げられた。
 
「日野の怪我は……そんなに酷いんですか」
 
 その問いに答はなく、面会の許可がおり、日野が植物状態であることを知らされたのは一月以上後の事だった。
 
 文化祭の為に日野が担当していた記事は、日野の取材メモを元に朝比奈が仕上げた。その記事を認められ、朝比奈は次期部長に選ばれた。友人の手柄を奪ったようなものだと、素直に喜ぶことができなかった。眠り続ける日野に向かって何度もその事を詫び、何の反応も返ってこないことに失望した。
 
 学校が広く、事情が事情なだけに、日野の容態については正確な情報が伝わらず、様々な憶測が飛び交っていた。朝比奈のクラスには、日野が既に死んだものと思っている者も少なくない。はじめのうちは訂正していた朝比奈も、噂に尾鰭がつくにつれて何も言わなくなった。
 行方不明も死亡事故も、この学校ではさほど珍しくない。新しい事件が次々と噂され、日野の事は次第に忘れ去られた。
 ただ朝比奈だけが彼の存在感を消せずに、日野の病院に通い続けた。
 
 
 高校生活最後の春が巡ってきた。最高学年としての自覚を持ち、新入生を受け入れる。二年次から部長を務めている朝比奈にとっては、去年とさほど変わらない。
 色褪せた桜の花弁を踏みしめながら、鮮やかな季節に足りない色彩を想う。このまま彼を残して自分だけが卒業していくのだろうか。何もできない掌を見つめ、浅く溜息を零した。
 
「──ん?」
 
 新入部員を迎えてはじめてとなる定期新聞の発行の為、朝比奈は二年生が主体となって仕上げた記事を纏めていた。一度チェックを入れた筈の原稿に気になる記述を見つけ手を止める。これは去年自分が同じ題材を扱った記事と食い違うのではないか。顔を上げた先に、初々しい新入生が手持ち無沙汰にしている姿が目に入った。
 
「あー、と、坂上? お前の後ろにある棚から、去年の取材資料のファイルを出してくれないか」
「えっ、あ、はいっ!」
 少しぼんやりしていた坂上は慌てて背筋を伸ばし、もたつきながらも棚を覗きこむ。すぐに人選ミスだと気付いた。小柄な坂上の身長では、ファイルに手が届かない。それでも坂上はめいいっぱい背伸びして、先輩からの言い付けを果たそうとする。
 
「あ、待て坂上、やっぱり俺が……」
 
 間に合わなかった。指先で無理にファイルを引っ張りだそうとした坂上の頭に、過去の記事などを詰め込んだ段ボールが降ってくる。
 
「坂上!大丈夫か?」
「へ、平気です……すみません、散らかしてしまって」
「いや、頼んだ俺が悪かった。一緒に片付けよう。紙で手を切らないように気をつけろよ」
「はい」
 
 床に散らばった原稿や写真をかき集める。それらは少し黄ばみ埃を被ってはいたが、朝比奈にはつい昨日書き上げたかのように思えるものばかりだった。
 
「これは、去年までの新聞ですか?」
「ああ……こうしてみると懐かしいもんだな。これは御厨がはじめて書いた記事だ」
「……御厨先輩や部長にも、新人の時代があったんですよね。僕も早く記事を任せてもらえるようになりたいです」
「すぐになれるさ。やる気さえあればな」
 
 控えめながら、キラキラとした目で記事を眺める坂上の姿に、かつての自分を重ねる。思い返す情景の中には、必ず日野の姿があった。
 
「あれ? この日野さんって、もう卒業した方ですか?でも一年生って……部長と同学年ですよね」
 
 坂上が記事になる前の原稿を拾い上げ、首を傾げた。一昨年の日付、知らない名前。不思議に思うのも無理はない。事情を知る三年生が背後からちらちら朝比奈の反応を窺う気配がする。
 
「目隠し、鬼?……うわぁ、怪談ですか。僕、怖い話って苦手で……」
 
 返答しあぐねる朝比奈の様子に気付かず、坂上は日野の記事を読み進めていく。顔を顰めつつ、次第に口数が少なくなり、終いにはすっかりのめりこんでいた。
 
「……すごいですね、この日野さんって人。本当に高校生ですか?」
作品名:うしろの正面 作家名:_ 消