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それでも、鶏は籠を捨てた

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体内から吐出される息が目に見えるほど白く昇華されるような、真冬の日だった。
その一ヶ月程前に彼は、青空と大海原の向こうへと旅たった。風丸は、一つの決心をし、その立役者を松野に頼んだ。
こんなくっそ寒い日によくやるよね。自虐的すぎ。
かな。
ずっと伸ばしてたからさ、いきなり短くなったらスッゴク違和感あって落ち着かないと思うな。一週間は毎朝鏡見てギョッとするだろうね。
覚悟の上だよ。
やだなあ、風丸の髪切るなんてさ……僕一体何人に恨まれちゃうんだろ。あーもう考えただけで寒気がする。
頼むよ。マックス美容師じゃないか。
正確にはまだ免許取ってないよ。だから失敗しても文句は受け付けないからね。
マックスなら大丈夫だろ。
はーあ。僕ってば器用貧乏。
言いながらも松野は風丸に散髪用のケープを着せた。
その時間は容易く過ぎた。風丸の髪を切る事を散々渋った松野だったが、いざ切るとなると少しも躊躇いもなく風丸の髪に鋏を入れた。だが、その代わり声をかける事も無かった。何も言わず、何も確かめず、何も尋ねず、黙々と風丸の髪を切った。それは風丸も同じで、何も言わず黙って切られた。
散髪場所は風丸が一人暮らししている部屋に新聞を敷き、その上に椅子を置いただけの簡素なもので当然ながら姿見は無く風丸は今自分がどうなっているのか、自分がどんな姿になろうとしているかは解らない。それでもよかった。
風丸は松野に我侭を言ってしまい申し訳ないと思う。でも、松野はそんな自分の頼みを聞き入れてくれた。
……出来たよ。
ありがとう。
鏡も見ないで、お礼言わないで。ほら。
松野は風丸の部屋にある鏡を差し出した。顔を見る程度の物なので、髪型全体は見通せない。それでも、以前の自分とは全く違う人物がそこに居た。
……ありがとう。
ん。
松野は軽く風丸の頭や肩をはたき、落としきれていない細かな毛を払った。そしてケープを脱がしてやる。
風丸、
ん? ……!
後ろから呼び止められた為風丸が振り向いて返事をしようとすると、顔と顔が出会うように松野の唇が風丸のそれに押し当てられた。ちゅ、とわざとらしい軽い音をさせて子供じみたキスをした。
お礼はこれでいいよ。
……いきなりすんなよ。
何言ってるの。こないだの飲み会でいきなりあつ~く僕にベロチューかましてきたくせに。
まだ根に持ってるのかよっ
風丸は以前、酒の席で勢いづいて暴走してしまった事を思い出されて、赤面した。そんな風丸を放り出して松野はコートを着込んでいる。
さてと、僕は帰るよ。
あ、待てよ。金払うって。
だからぁ、いいってば。さっきお礼もらったでしょ。
あんなのがお礼に入るかっ
それに僕まだちゃんとした美容師じゃないし。今度お酒でも奢って。あ、でも風丸は飲まないでよね!
……解った。もー、それで許してくれ。
風丸はまだ残る細かい毛を払いながら、玄関に向かおうとする松野を見送ろうと立った。後で風呂に入らないと、そう考えてるうちに靴を履いていた松野が振り返った。
ねえ、風丸。
ん?
髪を切っても、気持ちは変わらないよ。変わろうとしない限り。解ってるでしょ?
……ああ、解ってる。
そう、よかった。ただ感傷に浸りたいだけなら、僕怒るから。
うん、マックスは……優しいもんな。
"彼"よりはね。
そう言って松野は扉を開け、部屋を出た。一瞬だけ、外の冷気が入り込む。真冬の風に晒され風丸は今までより頭部が軽くなった事を実感した。同時に突き刺さるような冷気が、風丸の首筋などを襲った。とりあえず、風呂に入ろう。湯を沸かすために、暖まる為に、風丸は浴室に身を潜めた。