それでも、鶏は籠を捨てた
木暮、久しぶり!
久しぶり~。それにしても、卒業旅行に京都とかさぁ、安直すぎない?どうせなら海外とか行けばいいのに。
う……会って早々ダメ出ししないでよ……俺も友達もあんまりお金ないからさぁ。
ま、久しぶりに立向居に会えて良かったよ。
俺も。木暮が元気そうでなにより。
大学の卒業を前に、立向居は大学の学友達と卒業旅行に来ていた。京都、大阪を観光する予定だ。そのついでに、京都に住んでいる木暮を呼び出して喫茶店で落ち合う事にした。当然の事ながら中学生だった頃よりは身長は伸びているが、相変わらず小柄すぎる木暮はそれこそ中学生の平均身長ほどしかなかった。
立向居、お前さあ、就職決まったって言ってたけど、サッカーやめるつもりなの?
……考えてる。
ま、キャプテン……円堂さんみたいに海外に行って成功出来れば万々歳だけどな。あの豪炎寺さんですら……サッカーやめて医者になるって決めちまったもんな。
あの人は……足が……。
知ってるってば。
虎丸がかわいそうだ。あんなに豪炎寺さんのサッカーを目指して頑張ってたのに。
その目指す相手が身体壊してプロになる前に引退じゃなあ。やるせないだろ。
うん……。
だからさ、お前はまだ頑張れるんだぜ? 円堂さんって目標がまだ居るじゃん。
……そうだね。
………。
立向居はテーブルの上に置かれた手付かずのグラスを見つめた。大分氷が溶けてしまったジンジャエールの中にゆらゆらと漂う自分が写っている。それを掻き消すようにストローを回し、そのまま口元に持って行って少しだけ飲んだ。
そういえば……壁山達に聞いたんだけど、風丸さんと豪炎寺さんの事。
ああ……。
木暮は、さほど興味がなさそうに話を切り出した。とりあえず話題を切り替えたかっただけなので、単なる噂でしかない事をよもやま話として持ち出したのだった。
風丸さんも、解りやすいよなー。お前程じゃないけど。
どーいう意味だよ。
円堂さんが海外行っちゃって、拗ねてる。
……俺はそうかもしれないけど、風丸さんはそんな単純な話じゃないよ。
なんで。
木暮は風丸さんに一年くらい会ってないだろ? 俺、この間就活で東京に行った時に雷門の皆に会ったけど、風丸さん、髪短くなってた……。
……何、それ。失恋したって事?
そうかもしれないけど、多分、円堂さんへの想いを断ち切ったって事じゃないかな。
それで、今度は豪炎寺さんと同棲してんのかよ。
それは……俺もよく理解出来ないけど。
ぜーんぜんわかんね。俺にはホントの気持ち押し殺すなんてムリだなあ。
木暮にはムリだろうね。
……お前さあ、俺が何言いたいか分かんない?
え、何。
木暮はその答えを聞くとグラスのコーラを飲み干して立向居にデコピンをお見舞いした。一気に飲んだ為若干口からガスが漏れた。
いった……な、何すんだよ……。
ホントの気持ち押し殺してるのは、風丸さんだけじゃないって事。
言うだけ言って木暮は自分の代金を置いて店を出た。置いて行かれた立向居は、木暮の言葉を反芻させる事しか出来なかった。
作品名:それでも、鶏は籠を捨てた 作家名:アンクウ